2011年5月31日火曜日

滋賀大学教育学部窪島務氏は読み書き障害と言いながら「書き」だけを切り離す危険


 滋賀大学教育学部窪島務氏は読み書き障害と言いながら「書き」を重視する根拠もなく「欧米の研究では読み研究に比べて書きの研究が甚だしく軽視されていることを批判的に検討していくこと」としている。
 このことは、すでに明らかにしたが、ここに窪島氏の基本的研究の誤りがある。

音声言語と文化の軽視

 日本では、小学校入学前に文字を覚えている、覚えさせているが、ヨーロッパでは前提条件になってはいず小学校低学年では、話す、聞く、口ずさむと言うことが教育上非常に重視されている。
 ゲルマン系民族の教育システムを古くから学んでいた窪島氏が、留学先で、民族の文化伝統風習と教育との関わりを「認知」していなかったのではないか。
 そのため「書きの研究が甚だしく軽視されている」と断定することになり、その考えで日本の教育方法を論じ、学校教育に持ち込むことは、かえって教育上の弊害を作り出すと思える。

20代の養護教諭から 教育実践提起
  
 「安心する空間」というテーマである府県の20代の養護教諭が次のように書いている。
 
私は、複数配置の高等学校で仕事をしていたことがあります。その時の取り組みを少し述べてみたいと思います。

 ある日、保健室に女生徒が保健室にやってきました。
 彼女は、なぜか自然と涙が出てしまう、イライラする、友だちと一緒に居てもその中に自分は居ない、話を聞いてもおもしろくない、友だちに話しかける気にもなれない、なにもかも嫌だ、と気弱に話しました。
 話を聞くだけでも女生徒が、今深刻な状況に陥っていると共に養護教諭に助けてほしいという声なきメッセージを送ってきていることが切々と解りました。
 その時、先輩の養護教諭が屋久杉のことが書かれた絵本を取り出し、生徒と一緒に読みだしました。
 
                             屋久島の自然。
                              澄みきってどこまでも広がる空。
 やさしく包みこんで暖かくくるでくれるが、
 時には激しく巻き上げる風。
 
 その中で太古から屋久杉は自然のパワーをもらい大樹になり、今も生き続けている。
  少し疲れたら、空を眺めて、風を全身に受けとめ深く深呼吸する。
 そして、緑の木々から新鮮な空気をもらい、あなたもそこからパワーをもらったらいい、という先輩の養護教諭はアドバイスしていました。

 それから私は、その女生徒と「たくさんパワーがもらえるといいね」と言いながら学校近くの神社の森まで歩いて行くことになりました。

 彼女の歩みに合わせて気遣いながら、ゆっくりと時間が過ぎるようにしました。
 木々が生い茂る学校と違った空間の場所で、彼女は「私は樹になりたい。」と言って、自分も友だちに自分のパワーをみんなにあげたいと感じたようでした。

 それからの彼女の様子を注意深く見ていると、何となく気が滅入る時は、私と一緒に行った場所に行き、気分を落ち着かせ、授業に戻ることを繰り返していました。
 そのうちに彼女の明るく楽しい笑い声が彼女の友人の輪の中から聞こえてくるようになってきました。
 さまざまな角度から生徒を観察し、じっくり話を聞きながらそれぞれの生徒に合った方向と解決策を考えていく事の大切さを痛感しました。
 生徒が不安感に取り付かれたときや危険な状態にあるとき、生徒が「この先生なら安心して話せる」と養護教諭の人柄、知識と助言を求めて保健室に来室してきます。またその生徒との信頼関係が続くことが大切だと考えるようになりました。
 そうでないと、生徒が安心出来ないのではないでしょうか。

 年間6000人を超える
  生徒が保健室にやって来る
   養護教育の教育実践


 「話を聞くだけでも女生徒が、今深刻な状況に陥っていると共に養護教諭に助けてほしいという声なきメッセージを送ってきていることが切々と解りました。
 その時、先輩の養護教諭が屋久杉のことが書かれた絵本を取り出し、生徒と一緒に読みだしました。」

 この、なぜ「先輩の養護教諭」が「屋久杉のことが書かれた絵本」を「生徒と一緒に読みだしました。」のか、窪島氏には理解出来ないだろうと思われる。
 直接生徒が悩んでいることに働きかけることではなく、他のことから生徒が悩んでいることに働きかける。
 それも、一緒に「こえ」を「合わせて」出会いながら、「共鳴し合い」、絵本の「世界に飛び込んでいく」という取り組み。

声を出して
 「いまと未来の方向を考える」


 就学前に、絵本の読み聞かせは、文字移行に重大な影響を与える、とされている。
 「安心する空間」というテーマで書かれた「20代の養護教諭」と「先輩の養護教諭」は、
生徒と一緒に声を出して「読む」
ことで
「見失っている自分のねうち」
を気づかせ、一緒に「歩くこと」でさらに生徒の「あす」を教えようとしたのです。

おねがい 教育と労働安全衛生と福祉の事実は、このブログの不具合から以下のブログでも展開しておいます。
ご覧ください。
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2011年5月22日日曜日

先達者・子どもたちが残してくれた教訓と膨大な教育財産と   滋賀大学教育学部窪島務氏

 さらに窪島氏らは、次のようなことを書いている。

 また、1956 年の国立国語研究所の調査では、以下のことが分かったと述べている。それは、カタカナ表記をされるべき語の表音法が身につきにくいこと、長音を書き表す際の抵抗が、平仮名における長音の書き表し方とカタカナの場合との相違によるものであることが察せられること、カタカナ文字力の問題は、書字力ことに、促音・拗音・長音を含む語の書字力にあることである。今も同じことがみられ、拗音などの特殊音節の習得に時間がかかる。その理由として、平仮名と同じく特殊音節は文法的要素が入り込んでくるため、それを使いこなし慣れるためには清音よりも時間を要することが挙げられる。
 読み書き困難児においてカタカナ1文字の書字が、当該学年に及ばないことは、漢字・平仮名と同様に詳細な研究が必要である。本研究では実態のみが把握できた段階であり、詳細は今後の課題である。

協力してくれた
子どもたちに生きる研究

 この文章の引用は、文字表記と音声言語についての基礎知識、子どもの発達と言葉の獲得、言葉から文字表記に移行する発達段階の考慮に対する基礎知識に対する問題を感じさせられる。
 そのような文章では、調査対象の子どもの年齢や発達状況を考慮しない自己完結の調査としか映らなくなるし、自分たちのただ単なる興味本位での調査はないかと思わさせれる。
 さらに、調査に協力した子どもたちの気持や調査を教育に還元する事などまで不安に駆られる。

はなしことばを
獲得する段階の
  子どもたち

 日本では、九九を子どもたちが覚えるようにしているが、
 九九を覚えられない、
 覚えることの困難さ、
が生じるのは、九九の「読み」「発語」にあることは古くから知られている。
 また、1956 年の国立国語研究所の調査をあげるまでもなく、
「位相語」
の問題は、教育のみならず論じられてきたことを窪島氏ら承知していないのだろうか。

単純化して
 言い切る危険

 日本語の書き言葉の歴史は、奈良時代に他国の文字である漢字で書き表そうとしたことに始まるが、中国語(孤立語)と日本語(膠着語)は体系の異なる言語であるため、中国語にはない助詞や助動詞、敬語表現などを表すために、漢字の特徴である表意性を削ぎ落とし、音としてだけ使う「万葉仮名」という漢字の新たな使用法が生まれた。
 その万葉仮名の一部分を書いたものがカタカナである。
 そして、現在のカタカナのもとになった万葉仮名は「表-8」に示した通りである。
 平仮名も万葉仮名から作られたものであるが、カタカナが万葉仮名の部分を取ったのに対し、平仮名は、文字を連続体ととらえ、全体を崩したものである。
 カタカナは、万葉仮名の一部を取って発生したものであり、形はより漢字に近いという漢字的要因を持つとともに、1文字では意味をなさず音的な要素としての平仮名的要因をも併せ持っている。

 実に単純な日本語と漢字・平仮名(ひらがな)・片仮名(カタカナ)の歴史的記述である。
 この考え方なら、窪島氏らは奈良時代に書かれた漢字以外の文書を読むことが出来るということになる。
 はたして、これらの文書を見たことやそのママの文献を読んだのであろうか。
 はなはだ疑問である。
 彼らの居住区から考えても、奈良の正倉院の文書等を見るまでもなく、奈良時代以前、奈良以降の様々な古文書の「実物」は容易に観ることも出来るし、大学図書館にそれらの資料も豊富にある。
 関西は、これらの事を知る上で非常に有利な地域である。
 甲骨文字の研究も資料も多くある。
 少なくとも、漢字・平仮名(ひらがな)・片仮名(カタカナ)の歴史的記述を書くならば、これらの文字を見る必要はあるのではないだろうか。
 ここではふれないが、文字は何によって、何に、どのように書かれたのかを注目すると、「認知」問題も明るみに出る。
 一文字一文字が、ひとつひとつ書かれているのか。連なって書かれているのか。書き文字は多種多様、変幻自在に描かれているものを見ると、人間の持つ機能にフィットした書き方が解ったりする。
 活字化以前の文字は、現在の私たちに多くのことを包括して伝えてくれる事が多い。

「はなしことば」
と
「かきことば」の空間

 音としてだけ使う「万葉仮名」という漢字の新たな使用法が生まれた。
 と書かれているが、8世紀に「まとめら」れたとする万(萬)葉集の中の「万葉仮名」の表記を見たことがあるのだろうか。
 万葉集に書かれている表記は、決して、いわゆる「万葉仮名」だけではないし、その表記・解釈についても諸説ある。
 教科書の国語などで表記されている「万葉集」一部は、万葉集で掲載されている文字がそのママで表記されていないことも承知しているのだろうか。
 歴史的には、万葉集は文学作品としてだけでなく、書かれた人々の生活や時代を考察する上でも多くの研究がされている。
 窪島氏の大学がある滋賀県での歌われた「歌」は、日本史上の大きな論争となってもいる。
 それらの片鱗でも知っているならば、
 漢字の特徴である表意性を削ぎ落とし、音としてだけ使う「万葉仮名」という漢字の新たな使用法
 が生まれた。

と断定した文章は書かないだろう。。
 窪島氏らが、日本語表記の専門であり、万葉集研究の専門であるならば。これらの断定は、研究結果の主張として認められるだろう。

話し言葉も
文字も
意味も
時代と共に
さまざまに変化してきた 

 一般的には、片仮名(カタカナ)は平安時代に現在の表記に近い形になったとされているが、
 明治・大正・昭和で積極的に外来語を取り入れ、近年では、新聞・雑誌・テレビ・ラジオは言うでもなくあらゆるところでカタカナ語が氾濫している。子どもたちは、こういった環境の中で意識することなく、カタカナ語に接する機会を多く持つことになる。

と「明治・大正・昭和で積極的に外来語を取り入れ」と窪島氏らは書いているが、明治・大正・昭和で積極的に外来語を取り入れただけではなく、それ以前から日本は多くの国々との交易の中で外来語を採り入れている。
 江戸時代は、鎖国したため外国からの言語が日本語にとりいれられなかったと言うことではない。
 阿蘭陀・和蘭陀(オランダ)・葡萄牙(ポルトガル)・朝鮮そして限定した地域で洋学(英語)研究がなされ、和訳されそれらの言語が日本語として定着し、使われている。
 洋菓子と和菓子を明治時代に外国から伝わったとする区分の仕方と同様に、外来語を明治時代以降で区分される事があるが、明治時代でも、外来語=カタカナ表記と断定は出来ない。

現代中国では
漢字の簡略化が
すすめられているが

また窪島氏は、

 日本語の読み書き障害の大きな課題は、中国語漢字とは異なる日本語漢字の複雑さにある。
 日本語の読み書き障害の中心は漢字の書き障害にある、といっても必ずしも外れてはいない。
(国民的課題としての発達障害問題-読み書き障害など学習障害を中心に-2010年)

と書いている。

中国語漢字と日本語漢字と比べて、日本語漢字の複雑さにある。

と書いているが、これは具体的に何を意味するのか理解できない。
 中国語漢字とはどのような漢字を言うのだろうか。現在中国では非常に漢字を簡略化していることを意味するのだろうか。
  例えば、
 現代中国では、「廣→广」と表記して簡略化したのに、
 日本では「廣→広」と簡略化してきたこと
を書いているとは考えられない。
従って、
 日本語の読み書き障害の中心は漢字の書き障害にある、といっても必ずしも外れてはいない。
という事は文章としても、意味としても理解できない。

どのような表記が
「書き障害」
を生じないのだろうか

 日本語として表記される漢字は、現代中国の簡略化された文字と比べて複雑だから、漢字の書き障害が生じると主張するなら、
 どの時期の漢字表記を書かないと理解できない。
 なぜなら、窪島氏は主として小学校の漢字やカタカナを述べているからである。
 学習指導要領の改訂ごとに、日本では漢字表記が変えられる現実を考えるならば、
 どのような漢字が「書き障害」になるのか。
 では、どのように表記すればいいのかを明らかにすべきではないだろうか。

ふれられない
小学校の教育の
  新たな問題

 以上のようなことを縷々述べてきたのは、小学生の子どもたちの「はなしことば」の領域と「かきことば」の領域とのギャップがある事はたしかであり、そのことから考えても学習指導要領が漢字表記を学年ごとに定めたりする方法には多くの疑問が出されているからである。
 さらに、近年その上に新たなる影を落としている。
 窪島氏の主張にも学習指導要領にも重要な点が欠如しているように思える。
 それは、
 「はなしことば」や「かきことば」は、
 人間の「意思疎通の手段」
であるという点である。
 話す言葉が目的化されたり、
 書くことが目的化するよりも、
 人間の意思疎通のために「話す」「書く」という「手段」を使う、
ということでなければならない点である。
 そのように考えると、
 はなしことばがすべて分からなくても、
 かきことばがかけなくても、
 人間の意志が通じ合う事の喜びと、
 自分の意志が表現できて、相手に通じる喜びが
 教育の中でたっぷり満たされているかどうか、
ということが大切なのではないか。

書く必要のないコンピュータ
コンピュータ言語?
英語教育

 窪島氏は、読み書き障害のところでまったくふれていないが、
 小学校でのコンピュータの導入による「書き」の喪失、「読み」の喪失。
 コンピュータ用語(異日本語とも言える)の交錯。
 英語教育の導入。
などなどが、読み書き問題の上で大きな問題になっている。
 彼はなぜ、そのことを書こうとしないのだろか。

先達者はもちろん
子どもたちが残してくれた
教訓と膨大な教育財産

 さらに、障害児教育では、読み書きは永く課題であった。
 視覚障害・聴覚障害・知的障害・重複障害児だけでなくほとんどすべての障害児にとっても、「読み書き」は、教育実践上の困難で、重要な取り組みを必要とした。
  そのための先達者はもちろん、子どもたちも多くの教訓と膨大な教育財産を残してくれている。
 窪島氏は、そのことを踏まえて、なぜ、読み書き障害の子どもたちの教育実践を書かないのだろうか。

2011年5月19日木曜日

言語の基本的知識と滋賀大学教育学部窪島務氏
















 窪島氏の文章は、日本の文章として成立していないばかりか、立証もないまま、曖昧表現で「読み書き障害」や「読み書き困難」などなどの「言葉」を使っていることをしばしば指摘してきたが、それがあまりにも多すぎる。
  例にあげるまでもなく、
「読み書き障害」・「読み書き困難」
という表現は異なった意味合いを持ってくる。
 これらの事も踏まえず書き続けている。

大学教授として
社会的責任が問われる

 さらに、窪島氏の言う「読み」「書き」とはどのようなことを言うのかが疑問になる事も書いてきた。
 彼は、読み書きの「正しい、正しくない、」「エラー」「錯」の基準を何ら明らかにしていないことを述べてきた。
  教育行政の後押しや学校管理職の要請に応じて、この不明確な考えの基に子どもたちの「読み・書き」を述べたことに対して、教育学部教授という立場から、過去・現在・未来への社会的責任をとらなければならないだろう。

基礎研究が
 ないままの「研究」 

 窪島氏らは、「滋賀大学教育学部紀要 教育科学 No. 59 2009」「通常学級の子どもたちと読み書き困難児のカタカナ書字習得状況」( 野口法子・窪島務 )で次のようなことを書いている。

 日本語の語彙は約230,000 語あり、ドイツ語(約185,000 語)やフランス語(約100,000 語)の語彙に比べてかなり多く、外来語が多いのがその理由である。
 明治・大正・昭和で積極的に外来語を取り入れ、近年では、新聞・雑誌・テレビ・ラジオは言うでもなくあらゆるところでカタカナ語が氾濫している。子どもたちは、こういった環境の中で意識することなく、カタカナ語に接する機会を多く持つことになる。

基礎教養が疑われる

 まず、語彙数の引用がされているが、語彙の規定をしないとその数は大きく異なってくる。
  このことを詳しく論じないが、日本語の語彙は約230,000 語とする説に対するまったく異なった諸説があることを調べたうえで、語彙数に対って述べられていない点をあげておく。
 日本語の語彙の語彙をどう考えるかで、語彙数が大幅に変わるからである。
 研究する場合は、基礎研究をした上で、自分たちの評価を研究をすすめないと研究として成り立たないという「研究の常識的前提」が欠如しているのは明確だろう。このことは、引用文献が少なすぎると言っているのではない。言語は、容易に全容を把握できないほど歴史的に変容してきているから、より慎重で深い基礎研究が必要になるからである。
 基礎研究を充分しないで「論じている」こと。
 この段階からすでにその内容は、恣意的な解釈となり、「カタカナ書字習得」というテーマが成立しなくなる。
 日本語は、ドイツ語やフランス語の語彙に比べて外来語が多い、と断定している事についても文章の常識的教養が疑われる。

日本
単一民族説を肯定か

 ドイツ語もフランス語もヨーロッパ大陸の中ではぐくまれてきたものであり、様々な民族の言語と交流されて形成されたことは、常識である。
 言語は、他民族の言語と混合・合成・融合されて成立するものであり、他民族の言語の影響を受けず、一民族が一言語だけを形成してきた歴史はない。
 教育者としては、むしろ、日本で意識的に単一民族説を唱えて、少数民族であるアイヌ民族や他民族を排除してきた歴史を想起しておかなければならない。
 「外来語」とは、
 通常外国語を日本語に用いるようになった語のことを指すが、狭義では、漢語を除くととして使われる場合がある。
 ことの「言葉」の意味を踏まえていないでいることは、この文章では、明らかである。

最初から
自滅している「研究」

 ドイツ語の「外来語」。フランス語の「外来語」。このような概念は、成立しない。
 もしも窪島氏らが言う、現在の「ドイツ国内」で使われているドイツ語の外来語というならば、スイスの共通語やオーストリアで使われているドイツ語は、どうなるのであろうか。
 カタカナ問題を書くために、民族や国が絶えず入れ替わり、言語が交差したヨーロッパなどの地域と語彙を比較すること自体無意味なことである。
  だが、書いている。
 そのため「通常学級の子どもたちと読み書き困難児のカタカナ書字習得状況」というテーマそのものは最初から自滅しているのである。
 そして、文章は、参考文献にあげている書物が充分読めていないか、自分たちの結論を導き出すために「不都合な部分」を意図的に排除しているとしか思えない。

書いた文章を
通読していない現れ

 さらにひどいことには、先にあげた文章以降に
「日本語の書き言葉の歴史は、奈良時代に他国の文字である漢字で書き表そうとしたことに始まる」
と書かれていることである。
 このことの評価は別途明らかにするが、では、
「明治・大正・昭和で積極的に外来語を取り入れ」
という記述との矛盾を、どう説明するのだろうか。
 和語・倭語・大和言葉などの表現は、必ずしも適切だと思わないが、日本語は「日本列島」に先進文化・先進技術を持ち込んだ渡来人を抜きにして考えることは出来ない。
 窪島氏は、他の文章でも、漢字を中国から伝播されたとだけ書き、渡来人の朝鮮民族の多大な日本への貢献を無視している。
 それは、なぜか歴史教科書をめぐる日本国内はもちろん、北朝鮮・韓国からの文部科学省への批判を「擁護」しているようにしか受けとめられない文章になっている。
 窪島氏らのすすめようとするカタカナの書き研究のために、歴史的考察が充分研究できていなかったらそのことを省いて、考察することも可能である。
 だが、窪島氏らは、そうはしない。
 「異質」「困難」を強調するためにあえて、それを強調するために「都合の良い部分」だけ、文献から引用しているとしか考えられない。
 
外来語。
 日本では外来語を文部科学省など日本の政府やマスコミなどが、「カタカナ」で表記するようになったのは、日本の歴史上ごくごく最近のことである。また、このことをめぐる日本政府への批判は数え切れない程ある。

外来語を
日本語訳してきた人々
 への敬意もない

 窪島氏が教えを受け、共同研究者でもあった田中昌人氏が、
 
 「発達」という用語

 が、外来語であることを明らかにするために多大の努力をされたこと。
 また、なぜそこまで研究しなければならなかったのか。
 窪島氏は、理解しようともしないし、承知もしていななかったことも解ってくる。
 付記するならば、野口法子氏が教えている「健康」という用語も外来語である。解体新書での訳語問題など知るよしもないだろう。
 近年、特に、外来語を、カタカナ表記で安易にすまして日本語訳しない日本の現状を、窪島・野口氏は憂うことなく、先人たちの外来語の日本語訳の努力に敬意を表しようともしない。

蘭学・洋学における発達の概念の導入について

(参考)
☆田中昌人,日本における発達の概念の導入について:Perry.M.C.;Harris.T;Alcock.R.の場合,京都大学教育学部紀要,37,46-75,1991 ☆田中昌人,蘭学における発達の概念の導入について:堀内寛『幼幼精義』(1843・天保14年
  開雕)まで,京都大学教育学部紀要,39,182-217,1992 ☆田中昌人,蘭学における発達の概念の導入について――堀内寛「幼幼精義1843・天保14
 年開彫まで――,京都大学教育学部紀要,39,1993,○
☆田中昌人,蘭学における発達の概念の導入について(2):Pompevan Meerdervoort,J.L.C.
 による西洋医学教育の実施前まで,京都大学教育学部紀要,40,12-46,1994
☆田中昌人,蘭学における発達の概念の導入について 2 ――Pompe van Meerdervoort
 J.L.C.による西洋医学教育の実施前まで――,京都大学教育学部紀要,40,1994,○
☆田中昌人,蘭学における発達の概念の導入について(3):内田正雄『和蘭學制』(1869・明治
 2年)まで,京都大学教育学部紀要,41,1-34,1995
☆田中昌人他,発達について――準備委員会企画対論(日本教育心理学会第36回総会概
 要),教育心理学年報,34,1995
☆田中昌人,蘭学における発達の概念の導入について 3――内田正雄『和蘭学制』 1869・
 明治2まで――,京都大学教育学部紀要,41,1995,○                                                      





                                                                                                                                                                         

2011年5月18日水曜日

滋賀大学教育学部窪島務氏の曲学阿世























 このブログの冒頭部門で次のことを書いた。

主語を「曖昧」にすることは、彼への批判や彼の主張の一貫性のなさを「曖昧」にすることとして書かれたとするならば、窪島務氏の述べている論旨はmaneuverであるとしか考えられない。
 maneuverでないとするならば、「単なる予算獲得の手法としてだけでなく,真剣に教育現場が求めているものに応えようとして」という予算獲得の手段に批判的であった彼が、文部科学省などが打ち出した障害児学校の統廃合をすすめ予算削減のために意図的に出してきた「特別支援教育」を歓迎し、極めて政治的な判断の下で打ち出したいわゆる「発達障害の概念」を評価し、それを裏打ちする研究なるものを旺盛に行っていることをあまねく公表するはずがない。
と。

約40年間にわたる窪島氏の書いた文章を通読するとそのことが良くわかる。

子どもたちや
教育は「物」でない

  問題なのは、彼自身が自らの考えが「変遷」したことを明らかにしない事にあるのではない。
 彼が意図的に、
文部科学省などが打ち出した障害児学校の統廃合をすすめ予算削減のために意図的に出してきた「特別支援教育」を歓迎し、極めて政治的な判断の下で打ち出したいわゆる「発達障害の概念」を評価し、それを裏打ちする研究なるものを旺盛に行っている。
ことを、永く障害児教育実践をすすめていたベテランの教師ではなく、それらの経過を知らない研究者や保護者や教師や市民に広めていることである。
 それは、窪島氏の弱点を新たな装飾で凝らし、新しい教育、今まで取り組まれていなかった子どもたちの教育などなどという主張を急激に広げていることである。

スクラップ・アンド・ビルド

 窪島氏の手法はスクラップ・アンド・ビルにあるが、教育や子どもたちは物ではない。
 壊して作ることは出来ないのである。その点で、窪島氏の行為は教育に重大な「損傷」を与えるとも言える。
 だから放置できないのである。

 レッドカードを出した
「書けない」子どもたち
 と断定する根本的誤り

 その典型が、読み書き障害の子どもたちを「書けない」子どもたち、としている事から見ても明らかである。
 窪島氏は自らレッドカードを出しながら、出場している。
 彼が、読み書き困難、読み書き障害という表現を使い、「思考と言語」とか「教育と言語」などの言語やコミュケーション、はなしことばとかきことば、という従来彼が使っていた用語をと使わなくなったこと。
 読み、書き、と分解して、書きを問題にして、書きすなわち文字の分解をする手法を展開していることは、少なくない教育委員会から歓迎されている。
 それは、窪島氏の主観的意図とは別にして、政財界の求める波に呑み込まれているからである。

 「合校論」に
「教育とは一つの統治行為」

 すでに述べた「合校論」には、

 ところで、広義の教育、すなわち人材育成にかかわる国家の機能には、質的に異なるいくつかの側面があることに注意しなければならない。
 第一に忘れてはならないのは、国家にとって教育とは一つの統治行為だということである。国民を統合し、その利害を調停し、社会の安寧を維持する義務のある国家は、まさにそのことのゆえに国民に対して一定限度の共通の知識、あるいは認識能力を持つことを要求する権利を持つ。
 共通の言葉や文字に対して、国家は民主的な統治に参加する道を用意することはできない。
 また、最低限度の計算能力のない国民の利益の公正を保障し、詐欺やその他の犯罪から守ることは困難である。
 合理的思考力の欠如した国民に対して、暴力や抑圧によらない治安を供与することは不可能である。
 そうした点から考えると、教育は一面において警察や司法機関などに許された権能に近いものを備え、それを補完する機能を持つと考えられる。
  義務教育という言葉が成立して久しいが、この言葉が言外に指しているのは、納税や遵法の義務と並んで、国民が一定の認識能力を身につけることが国家への義務であるということにほかならない。

教育に警察や
司法機関など
   の権能を、と

  国家統制としての教育にとって、「共通の言葉や文字」「最低限度の計算能力」が必要であり、そのためには、「教育は一面において警察や司法機関などに許された権能に近いものを備え、それを補完する機能を持つ」ようにし、義務教育では、「納税や遵法の義務」とともに「国民が一定の認識能力を身につける義務」が必要であるとしている。
  国家統制をすすめるうえで、読み書き困難は、「共通の言葉や文字」を持たないことになるため、それに取り組んでいる窪島氏は注目されることになるのである。
 この「合校論」が、学習指導要領等に具体化されている事を研究していない窪島氏は、このように書くと、きっと「ノー」と言うだろう。
 だが、彼の「読み書き困難」「読み書き障害」のとりあげ方には、教育目標が一切書かれていない。
 誰のための、何のためのなどはもちろん、「主語」を抜いて「読み書き困難」「読み書き障害」だけを主張しているので、どうにでも利用されるのである。
   しかも、彼の主張は、国家統制下(学習指導要領等)の「読み」と「書き」を基準に「困難」「障害」としているため、さらに歓迎されるようになっている。

いとも簡単に
政府の提起に従う傾向は……

 そのため窪島氏は、島根大学教育学部の西氏の論述で、

 しかしながら、「特別支援」ということばをかぶせることの合理性と科学性については、それなりに慎重な検討が不可欠と考えられる。
 さらにまた障害児学級の廃止についても、実際に現に実践を進めているその担任が反対を唱える動きも、一部には見られたものの必ずしも全国的なうねりとなったわけでもない。
 このように、いわばこれまでの障害児教育の蓄積を十分に吟味する暇もなく精算し、いとも簡単に政府の提起に従う傾向について、個人的には全体主義の復活を思わせるようなある種の恐怖心を感じている。

と、書かれている
「 いとも簡単に政府の提起に従う傾向について、個人的には全体主義の復活を思わせるようなある種の恐怖心を感じている。」
は、同意出来ないだろう。

全体主義の中の個人

 ちなみに、全体主義とは、「個」に対する「全体」(国家,民族,階級など)の優位を徹底的に追求しようとする思想・運動・体制をいいい、この言葉の起源は,イタリアのファシズムの最高指導者ムッソリーニが、運動の目標として1924年ころから掲げた「全体主義国家」の概念とされている。
 また、全体主義という表現がファシズムに対する弾劾の言葉として初めて表現されたのは、1929年11月2日の「タイムズ・ロンドン」とされている。
 窪島氏は、自分こそ子どもたち個々のニーズを主張しているではないかというかもしれない。
 しかし、その個々は国家統制の個々であるとなれば、子どもたち個々のニーズは「国の枠の中」でのニーズでしかないことになる。
 窪島氏の文章には、学習指導要領における国語等の読み書き指導の非科学性や問題・改善・改変がしばしば書かれ、学習困難・読み書き障害を明らかにしつつ、学習困難・読み書き障害生徒のためのサポート方向が記述されていない。

2011年5月15日日曜日

文部科学省の悪文が教育の指針として持ち込まれる、と指摘する佐賀大学理工学部教授豊島耕一氏に対して、滋賀大学教育学部窪島務氏は答えられるだろうか

 佐賀大学理工学部教授豊島耕氏は、文部科学省の「パブリック・コメント」に応募したことなどを明らかにされているが、窪島氏と対照的なので、以下その一部を紹介させていただく。

 文案作成者の
 国語力を疑わせる

  豊島氏は、

 学習指導要領案に対して、
1、そもそも文部科学省にはこのような命令を発する権限がなく,提案自体を撤回すべき
2,指導要領案は国家社会の「形成者」を育成するという観点を欠く
3,国語,社会および道徳の指導要領案が子どもの内心の自由を侵し,違憲である
4,外国国籍の子どもの存在を無視している。文案作成者の国語力を疑わせる部分がある。

の基本姿勢を明らかにした上で、4点の論点を明示しているが、窪島氏の「読み書き障害」「読み書き困難」という部分に関することだけを紹介させていただく。

内心の自由を
  侵す教育

論点2 「国語」,「社会」および「道徳」の指導要領案が子どもの内心の自由を侵し,違憲である
 指導要領案は,これらの教科で「愛」という個人的,内面的なものに介入するなど,子どもの内心の自由に踏み込んでおり,したがって憲法13条(幸福追求権)と19条に違反している。
 国語では,学年を通じての「指導計画の作成と内容の取扱い」の部分で,例えば「日本人としての自覚をもって国を愛し,国家,社会の発展を願う態度を育てるのに役立つこと」と,倫理的な意味で普遍的なものとは言えない特定の対象への「愛」を強制することにつながりかねない表現が見られる(20ページ)。
 社会では,例えば33ページで,「天皇についての理解と敬愛の念を深めるようにすること」とあり,ここでは直接的に天皇への「愛」を生徒に強制している。
 道徳では,たとえば106ページで,「すがすがしい心をもつ」とあり,直接的に心のありかたにまで介入している.

個人の
幸福追求への介入

 何を愛し何を愛しないかは個人の問題であり、個人の幸福追求の範疇である。「心」のありかたも同様である。
 これに国家が介入することは憲法13条に違反するので、これらの言葉を強制力を持つ法令に入れるときは、このことに十分な注意が必要である。
 ところが指導要領案にはそのような配慮は全く見られない.

外国国籍の
 子どもの存在を無視

論点3 外国国籍の子どもの存在を無視している

 たとえば第1章「総則」で道徳教育に触れた部分で,「日本人を育成するため」とあり,また108ページ,道徳の第5,第6学年の部分では,「日本人としての自覚をもって世界の人々と親善に努める」とある。
 外国国籍の子どもには指導要領は適用されないのか、あるいはそのような子どもがいる学校ではこの指導要領そのものが無効とされるのか、不明である。

文部科学省の悪文が
 教育の現場に持ち込まれる

論点4 文案作成者の国語力を疑わせる部分がある

第1章「総則」で道徳教育の目標述べた部分を引用する.

道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,伝統と文化を継承し,発展させ,個性豊かな文化の創造を図るとともに,公共の精神を尊び,民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。

 この長い文章で,それぞれの要素の係り結びの関係を理解することはおよそ困難である。次のように表記を変え、それぞれの要素に番号を付けて分析し易くしてみる。

 道徳教育は,
 [0]教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,
 [1]人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の
  中に生かし,
 [2]豊かな心をもち,
 [3]伝統と文化を継承し,発展させ,
 [4]個性豊かな文化の創造を図るとともに,
 [5]公共の精神を尊び,
 [6]民主的な社会及び国家の発展に努め,
 [7]進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,
 [8]その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。

 項目1から6までが7を修飾して7が8に係るのか[解釈A]。
 1から4までは直接8に係り,5と6が7に係るのか[解釈B]。
 それとも1から7までがすべて並列して8に係るのか[解釈C]。
 この文章の形式だけからは判読不能である。
 解釈BとCでは8の冒頭の「その」は「それらの」でなければならない。
  しかしこのことから解釈Aを取れというのであれば、それはあまりに不親切と言うべきである。(項目0は全体の背景を述べた独立したフレーズであろう。)

 このような悪文が教育の現場に,しかも教育の指針として持ち込まれるとすれば重大である.
と文部科学省の悪文が教育の現場に,しかも教育の指針として持ち込まれることを批判している。

「学習指導要領」を
 肯定しているのか

 だが、窪島氏の文章には、まったくこれらの問題は、触れられてはいない。だから、
窪島氏は、

1、「読解力」に課題があるのか。
2、「学習指導要領」を肯定している。
のかのどちらかでしかない。
 彼の書いた、指導したとされる「論文」なるものをよく読むと、1、2、点の間を揺れ動いていることが分かる。
  例えば、(1、)の点では、
 特別支援教育をめぐる島根大学教育学部西氏の論述。
 群馬大学教育学部久田氏の論述(特に、特別支援教育という概念や考え方の大元を吟味することなく、表面的に答申や報告書を読んでいると、一応プロの研究者でも間違いを生じるのではないでしょうか?の項)
などの記述に触れた部分が、まったくないことからも明らかである。
 それらを総合して豊島氏は、
「文部科学省の悪文が教育の現場に,しかも教育の指針として持ち込まれる」
としている。
 これらのことを踏まえないで、文部科学省の悪文や指針を受け入れた上で、窪島氏は「読み書き困難」「読み書き障害」を述べている。
  「大元」が日本文として成り立たない文を出しているのに、それを容認した上で「読み書き困難」「読み書き障害」を述べるのは、子どもたちや教育に対する確たる考えがなく、文部科学省に迎合しているとしか言いようがない。

フランス
 『未来の教育のための提言』

 窪島氏が良く引き合いに出す外国例に対して、豊島氏の紹介の仕方はまったく異なる。
 以下、窪島氏の漢字やカタカナなどの文字表記認識の対処法と教育に関わる際だった文章なので一部紹介させていただく。
 
豊島氏は、文部省などのすすめる「中教審」に対して、「フランス版中教審と読み比べることをお奨めします。」と書かれている。
 そこで、岩波書店の雑誌「世界」1988年3月号に掲載された、フランス共和国大統領の要請に基づき、コレージュ・ド・フランス教授団により作成された『未来の教育のための提言』のうちの一部を紹介させていただく。

『未来の教育のための提言』には、

 恵まれない人たちにこそ教育の良い条件が与えられるようなあらゆる適切な措置こそが取られるべきであり、そうした人たちを最悪の条件のなかに置くような事態を招くやり方(たとえば新参の教師や、十分な養成を受けず、給料も安く、授業を過度に多く持たされた代用教員たちに、困難の多い学級を担当させるといったあの奇妙な論理)には、正面から反対しなければならないのである。

心理学的な治療によって、
 奇蹟のように学業の挫折を
 解消してしまうことは
期待すべくもない


 じっさい、ある種の社会心理学的な治療によって、奇蹟のように学業の挫折を解消してしまうなどということは期待すべくもないことは明らかであり、教師の数を増やし、その養成と労働の諸条件を改善することによってのみ、落ちこぼれを減少させることを現実に望みうるのである。
 じじつ、フランスの教育が、とくに高等教育のレヴェルにおいて、図書館施設(その甚だしい不十分さについてはここで繰り返さないが)、教科書、参考書、質の高いテクスト集、学術翻訳書、データバンクなど、知的生活の基礎をなす固有の施設設備面における極端な不備に悩んでいることはよく知られていることである。

今より大きな学校自治を

 それは、どこにでも要求される基礎知識と平行して、選択科目として専門教育を行う学校を創設するというもので、それらの科目はその学校の特色をなし、他校との競争においてセールスポイントのひとつとなる。
 こうした試みは、学校長や職員会議が教師の採用に関しては、今より大きな自治を持つことを前提とするものである。
 そこには、純粋に教育学的な基準を含む多様な評価基準の導入や、このようにして計られた教師達の特徴点と担当するポストの性格との関係の考慮などが含まれるからである。

「学校」は
教育の唯一の場であるべきでない

 「学校」は教育の唯一の場であることは出来ないし、そうであるべきでない。
 「学校」は、また、
 すべてを教えることはできないし、すべてを教えるべきでもない。
 知識の伝達は、
 事実においても、権利においても、
 ただひとつの制度によって独占されうるものではなく、
 さまざまな互いに補完しあう教育の場のネットワークが考慮に入れられねば ならない。
 「学校」の固有な役割がそのなかで位置づけられるべきである。

教員の仕事を心理的
技術的摩滅から守るために

 教員の仕事は、困難で、ときには辛く消耗する仕事であり、情熱と信念を持って実行されぬ限り、真に効果的で精神を高揚させるようなものでありえない。
 どんな教育レヴェルの教師も、学校の閉ざされた空間の外へ出、研究所や企業などで研修を受けたり、休暇年を利用して、個人的な学習や授業に出席して勉強しなおすなどして、定期的に習慣性[ルーティン]から抜け出すことができぬかぎり、心理的、技術的摩滅から逃れることはできない。
 そして、おそらくは、年配の教師の希望者には、希望と適性に応じて、行政的仕事や、(チューターや巡回指導員の活動といった)文化組織の仕事のような、あまり激務でない仕事でそのキャリアをまっとうする可能性をあたえることも必要である。

教育の内容 ・ 教授法
教師達に固有の
強い権限が与えられること

 教育の内容に関しても、また、教授法についても、教師達にたいして、固有の強い権限が与えられていることが、おそらく、あらゆる圧力団体から「学校」の自治と教師たちの独立をまもる、唯一ではないにせよ最良の保証となるのである。

滋賀大学教育学部窪島務氏の研究への「哀傷歌」はどこで唄われる

 窪島氏は、滋賀大キッズカレッジ&地域教育支援センター、発達障害教育研究所、発達障害教育研究所紀要編集長などなど手を広げて、子どもたちの親には、LD学校をつくる、と言っている。

 だが、これは子どもたちの親に期待を持たせるだけで、彼の年齢や発達障害教育研究所のメンバーの年齢等を考えても長期に維持できるものではない事は明らかだろう。

 期待を持たせて
      後は知らない

 期待を持たせて、後は知らない、では済まされないだろうし、構成員たちも同じように言われとても否定できるだろうか。
 
なぜ同じ大学の教師
 他の研究者
 研究所と手を結べない

 このことに対して、次のような意見がある。

1,なぜ、滋賀県には人間発達研究所が窪島氏の恩師の血の滲むような取り組みの中で、維持されてきたのにそこと連携がとれないのか。
 同じ学部で同様の研究をしている教授は、人間発達研究所と一緒に取り組んでいるのに、別の研究所をなぜつくる必要があるのか。
 そこには、自分の分野が他と違いという意識が強く作用しているのではないか。

「権威」だけの
   空虚な「研究所」

 研究所というイメージは、人には専門的で条件の整った印象を与えるがそうではないらしい。
  発達障害教育研究所という仰々しい名前を付けて「権威」づけているが、一般的に思われる研究所ではなく「研究会」のようなものであるらしい。
 場所も機能も不明で、名前だけが専攻しているのではないか。
などの意見がある。

教職員組合が出す
研究誌は「研究実績」にならない
     とする非国際感覚

2、窪島氏は、京都教職員組合(以下京教組)障害児教育部が発行していた研究誌「障害者教育科学」を、京教組障害児教育部の役員交代で創設者が現場であくせくしている最中に、窪島氏が、イニシアチブをとりかもがわ出版とはなしをつけて、かもがわ出版から発行するようにした。
 かもがわ出版は、障害者教育科学が全国に広がり、発行部数も多いことから利潤を考え快諾した。
 そして障害者教育科学の編集責任者に窪島氏がなった。

教職員組合が出す
研究機関誌では
 研究者の実績にならないと

 そのことをあとで知った京教組障害児教育部の創設者たちが、

 「教職員組合は、国際的にも教育団体として教育政策などに意見を言える権利を持っている。だが、私たちの力量はまだまだ充分でなかった。自分たちが研究し、自らの力量を相互に切磋琢磨すること。また組合i以外の教師や人々の意見や研究を発表する場を研究誌として保障してきた。」
 「何のコンタクトもとらず、経過も知らない京教組障害児教育部役員を言いくるめて、出版社から
出すのはおかしい。」
 「障害者教育科学発行までに京教組障害児教育部の仲間が、本を売り歩いたり、資金を集めて、障害者教育科学を発行してきたことは充分知っているではないか。それがなければ、障害者教育科学は発行できなかった。発行できる資金が出来たら出版社に譲り渡す。これでは、努力して創り上げてきた教師への信義に反する。」
 「研究者としては、教職員組合が研究誌を発行していることを評価し、激励するのが本来だろう。それを自分のイニシアチブがとれるからと出版社に持ち込むことは道義的反する行為だ。」

と言う意見に対して窪島氏は、

「そんなのは、君たちの問題だ。」
「教職員組合が出す研究機関誌では、研究者が書いても研究誌に投稿したという実績とならな
い。」

と言い、激しい言い争いになったことは伝承さられている。
 その後、窪島氏は既成事実を盾にあらためることはなく、彼の文章や「論文」が、障害者教育科学に掲載された実績として各種学会誌に紹介するようになった。

研究誌「障害者教育科学」
    が赤字となると

 ところが、そこまでした研究誌「障害者教育科学」が出版社として、維持できなくなる頃に「発達障害教育研究誌」なるものを「暗示」し、自ら発達障害教育研究所紀要編集長と公表をするようになっている。

自分のためなら
 何でもするという批判が

 自分のためならどんなことでもするという批判が、京教組障害児教育部が発行した研究誌「障害者教育科学」の創設者たちから出ている。

 研究誌「障害者教育科学」は、創刊号(1981年)から第37号(1998年)まで、京教組障害児教育部が発行。
 2010年1月の60号休刊まで、かもがわ出版・クリエイツかもがわが出版されていた。
 1998年に窪島氏が言い出したことを時系列に見ると、かれの本心が見えて来るから不思議だ。

LD学校を
 つくるわけはどこに

3、LD学校をつくることを保護者に言っている事から考えても、では、なぜ、彼はLDの「特別な学校をつくる必要性と構想を持っている」のか。
 それならば、普通学校の先生と親を離反させることを必要以上に「煽り立てる」のか理解できな
 い。
 考えられるのは、大学を退職後の就職を考えているからだという意見もあるが。

 参考までに京教組障害児教育部発行の研究誌「障害者教育科学」に彼が書いた文章を二例だけ掲載しておく。

障害者科学
創刊号(1981年)
 論文 「共生・共育」論=障害児教育解体論の本質をあばく
     ─篠原睦治和光大学助教授批判─ 
  第3号(1981年)
 論文 福井達雨氏(止揚学園理事長)の虚像と実像
   ─この唯我独尊的・反民主主義行動と思想の批判─


2011年5月14日土曜日

滋賀大学教育学部窪島務氏が  「合校論」から産まれた「特別支援教育」を賛美する背景




 1990年代から2000年代に変わる段階ですなわち20世紀から21世紀に変わる段階で、政財界はそれまで準備してきた日本展望と戦略を明らかにした。

公教育の解体・再編の

  「公教育のスリム化」


 経済同友会がだした「合校論」はその典型の一つである。
 「合校論」は、「公教育のスリム化」(注 公教育のリストラと言わないでいたが。 )を基に「21世紀の学校」のヴィジョンを提示している。
  そして、「合校論」は、

1、学校教育の機能を「基礎教室」(言語能力と論理的思考力とナショナル・アイデンティティの教育)。

2、「自由教室」(自然科学、社会科学、芸術の教育)。「自由教室」は民間の教育施設を子どもと親が自由に選択する。

3、「体験教室」(行事、課外活動、修学旅行など)「体験教室」は民間の文化スポーツ施設や旅行会社と地域のボランティアによって運営される。

として、「基礎教室」だけを文部省と各都道府県市町村の責任において運営する「公教育のスリム化」論だった。
 「合校論」は、文部大臣と中央教育審議会会長の賛同、日教組委員長の賛同も獲得し、1990年代半ばには、

教育改革の翼賛体制

を形成していたとされている。

1990年代半ばには
 学校のリストラと
 批判していたのに

 すでに述べたが、窪島氏は、1998年に京都市教職員組合の機関紙に
「学校と教育を個性化するという名目によって、学校のリストラ、教師減らしがすすめられ」
「強引に統廃合をすすめられている現実」
「教育に市場原理が持ち込まれ、よい教育を買いたければたくさん金を出せという論理が大手を振って」
と曖昧であるが暗に経済界や文部省の動きを批判していた。 

態度が変わった
 教員評価制度の実行で 

 その後、2002年から実施された新学習指導要領における

 教育内容の3割削減、
 義務教育段階にエリート・コースを準備する中高一貫教育の選択的導入、
 文部省による日の丸・君が代の強制、
 「奉仕活動」の強制と教育基本法「改正」の提言、
 国立大学の独立行政法人化、
 学校選択の自由化と教員に対する評価制度

が実行されていく。

2001年文部科学省は
「特殊教育」を
「特別支援教育」

 と言い替えたが… 

その間、
 2001年から文部科学省は、「特殊教育」という言い方を「特別支援教育」とし、
 2005年12月 中央教育審議会 「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」答申、
 2006年3月 学校教育法施行規則の一部改正(同年4月施行)、
 2006年6月15日 「学校教育法等の一部を改正する法律案」可決・成立 。6月21日に公布、
 2007年4月から特別支援教育実施
がすすめられる。

特別支援教育の実施で
戦後の障害児教育の歴史で
 初めての大きな制度改変と絶賛

 特別支援教育が学校教育法に取り込まれると窪島氏の態度は「批判」から絶賛に変わる。
 すでに紹介したに 国民的課題としての発達障害問題-読み書き障害など学習障害を中心に-(2010年7月)で、
 窪島氏は、特別支援教育を
「新しい制度」
と評価し、問題もあげるが、
「戦後の障害児教育の歴史の中で初めての大きな制度改変であった。」
と絶賛するようになる。

特別支援教育の評価
とは別なところにあるのか
  主張の変貌

 窪島氏が、このように態度を豹変させた原因には、彼の書いたものを詳しく読んでも、1970年代からの彼の文章を通読しても
「わずか数年で窪島氏が、障害児教育から何の脈絡も変更もないまま、特別支援教育を賛美」する理由が見つからない。
 そればかりか、軽度発達障害と書いていたものを文部科学省の通知に合わせて、発達障害と書いている。
 そこには、研究者との良識、研究の自由による自己論拠の展開、研究による訂正・変更などまったく見られず、用語や概念も簡単に書き換えられている。
 そして、主語のない文章、曖昧表現、仮説の根拠を充分吟味しない仮説による調査などなどが増え続けている。
 それらを吟味すると彼の主張が変わったのは、別なところに原因があるとしか考えられない。

国立大学でなくなって
 実績数や評価の数量を
  増やすことに奔走したのでは

 すなわち、
 1999年6月、 文部省、全国国立大学学長会議で独立行政法人化の検討を表明。
  2001年に独立行政法人が成立。
 2003年7月、国立大学法人法が国会で成立
したことが関係しているようである。
 国立大学の滋賀大学教育学部に居た彼が、国立大学ではなくなったことにより、研究実績を急激に数量化し、増大化させる窪島氏なりの「策略」が態度を一変させたとしか考えられない。

 すなわち、国立大学の法人化によって、多くの問題が生じたが、
 
 研究費調達は各大学の自助努力が求められるようになった。
 寄付を募るなど運営が私立大学に近いものになってきている。
 毎年、前年度比という効率化係数が適用されて、漸減する。
 したがって、必要な人数の教員や職員を確保できない事態が発生する、

 などなどのために窪島氏は、自らの効率化係数の増加を意識し、実績づくりのために「奔走」するようになったしか考えられないのである。
 なぜなら、彼の属する大学のホームページでは、彼の研究・実績数、そればかりか新聞記事までカウントされ、誰にでも「見える」ようにされている。
 研究や大学の様子や一つの論文にどれだけ時間と労力が費やされたかは分からず、に見た人が、大学のホームページに掲載されている大学教授等の実績・著作・講演数などなどの多さ(「数値」)だけでその教授を評価してしまうことになっている。
 この教授は、働いている、働いていない、などなどと思わされるようなことが大学のホームページで明るみに出されている。
 窪島氏は、大学のホームページとリンクさせているため、「研究・実績数、そればかりか新聞記事」などなどの数量他の教授を凌駕している。