2011年7月15日金曜日
働いていることで健康害するような学校では、いい教育もできないし、いい生徒も育たないだろう
山城貞治(みなさんへの通信41)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その21)
労働者のいのちと権利を守る最前線から労働基準監督官からみた学校現場 講演要旨
悪影響を及ぼすウソの報告の放置
労働基準監督署にウソの報告をしてくる人もいる。
そうなると逆に問題を重くみることになる。
例えば、36協定がない、休憩がないと正直に書いてくれば「ああこれくらいの事業所ならばそうなるかもしれないと」考えることもある。
ところが、それもないのにあります、しています、と書いてくると司法事件、送検を考える。
そういうことを放っておくと他に悪い影響を及ぼす。
労働災害かくしをしたり、死病報告をしてこなかったことが、なにかのことで発覚すると検察庁に書類送検したくなる。
ウソの報告があることに対して労働組合として問題にすることは当然として、京都府人事委員会がどういうつもりなのか、ということが問題になるだろう。
校長は事業者ではない
校長が事業者とするのは校長がかわいそう
超過勤務の問題、有給休暇の取得の問題がある。
サービス残業という実態はあるが、臨時・緊急にやむを得ないということが基本である。
教職員調整手当てという実際に7時間、6時間分で超過勤務がごまかされている問題がある。
そういうことをどう考えるかということが、京都府人事委員会の立ち入り調査結果に表れているのではないだろうか。
衛生管理者や健康診断結果報告が出されていない、安全衛生委員会がつくられていないなどの問題がある。
府立学校の労働安全衛生体制について話が進められているらしいが、校長があまりにも「立派すぎる」ということがあるのではないだろうか。
校長が事業者とされているらしいが、校長は事業者ではない。
例えば学校法人で、理事長が校長でその学校法人がそこしかない場合は、校長は事業者かな、となるかもしれない。
私立以外の公立学校の労働安全衛生法の事業者は
知事や市町村長
一般的に公共団体の責任者である知事や市長村長である。
府立学校の場合は、校長が事業者としても校長がかわいそう。
自ら何もできない人を、事業者にすることは、どこかが切れているような逃げのことがあるように思える。
府立学校では、給食事業場は製造業であり衛生委員会ではなく安全衛生委員会を設置する必要がある。
安全管理者なども必要になる。
健康管理医も労働安全衛生上の産業医であるならば、単なる医者で済ますことはできない。
産業になる場合は、認定産業医になるための講習などがある。産業になるためにはいろんな研修などがあるが、単なる医者では産業医にはなれない。
府立学校労働安全衛生体制について教職員3+αという話しが出ているらしいが、善意でいえば労働者代表ということになるが、少なくとも労働組合の推薦を受けた人でないとダメだ。
労働組合の推薦を受けた人とのそれぞれ半数で安全衛生委員会がつくられなければならない。
労働安全衛生法以前の
医者なし健康診断 事後処理ナシ
さらに、医者による健康診断が行われていない、事後処理が行われていない、ということがあるらしい。
しかし、医師による健康診断が行われていないということは労働安全衛生以前の問題だ。
医療行為をしてはいけない人がしていることになるから。
労働安全衛生法などでは、事後措置は事業者がしなさいということになっている。
事業者が行った時の措置に対して、産業医の意見を聞きなさいということになっている。
事業者と労働者の関係は、使っているものと使われている側という関係になる。
だから、産業医は労働者を使っているわけではない。
だから、産業医が事後措置のアドバイスに留まるというのは当たり前のことになる。
何も考えていないととしか考えようがない
死傷病報告がなされていないこと
京都府人事委員会に死傷病報告がされていない。
京建労では「私傷病報告をしないことは労災隠しである」という訴えの運動をしたことがある。
しかし、報告をしないということは、それ以前の問題がある。
死傷病者が出た場合報告しなければいけない、ということすら知らないのではないか。
こけた、切った、骨が折れたなどのことは、頸肩腕障害などと違って公務災害で争いになるようなことではない。
だから、それを報告しないというのはそんなことを知らないか、何も考えていないととしか考えようがない。
人事委員会を監督する監察官制度があるのか?
次に、京都府人事委員会はネズミゴキブリの指摘をしている。
労働基準監督官をしていて、20年間ネズミゴキブリの問題で違反の指摘をしたことはない。
これらは、発疹チフス、コレラなど大変な病気をまん延させることから労働安全衛生法や労働安全衛生規則で決められてきた。
今日ではそんなことをあまり問題にしない。
京都府人事委員会は、労働基準監督をするだけではなく他の仕事をしているので人数わからなくて大変だなあと思うぐらいである。
府立学校を京都府人事委員会が監督している監察官制度があるのだろうか?
労働省には、監察官制度というのがある。京都労働基準局には監察官が3人いる。
郵政には郵政監察いうのがある。郵政監察で告訴した、ということを聞いたりしたのでは。
司法警察権、監察権というのが郵政にある。
労働省の中には、それと同じ監察官制度というのがある。
それが人事委員会にあるのだろうか?
労働基準監督官と人事委員会が
共同する協定が守られていないのでは
京都労働基準局と京都府人事委員会は、労働基準監督権をめぐって過去何度か協定を結んでいる。
その協定書の中に、場合によっては労働基準監督署の指導と援助を受けるたり調査を依頼することが書かれている。
人事委員会としては、専門的なことは労働基準局に「どうしたらいいのか」「これを調査してほしい」などのことをお願いする協定になっている。
でもそのことが実際に行われているかどうかあまり記憶がない。
かなり昔に、ボイラーなど特定機械の検査で労働基準監督官が行っていたことがあるかもしれない。そういう検査は、人事委員会ができないので共同で労働基準監督官がいくなどのことがあったようである。
是正勧告書・使用停止等命令書が出ると
企業は何とか是正しようと悩むが
人事委員会は指摘だけで改善されるシステムがない
このように考えてくると京都府人事委員会が実施している労働基準法、労働安全衛生法、船員法などの法違反指摘は、指摘だけで改善されないシステムになっているのか、と思ってしまう。
法違反は何度も指摘されているのに改善されていない。
指摘されている側(府立学校)が、学校独自でできるのか、それとも上のレベル(府教委)でないと改善できないのかともかく改善されるシステムがないように思われる。
労働基準監督署が、是正勧告書・使用停止等命令書を出すと企業の場合は自分のところで何とか是正しようと悩む。
生徒数が減ると先生を
解雇するという就業規則を作る動きが私学で
最近私学の学校に監督に行くことは少ないが、昔私学の学校に監督に行くと休憩がない、休日がない、宿直があると。
その理由は生徒指導がある、と言うのが実状だった。
最近、私学の現状はもっとひどい状況になっている。
生徒数の減少ということで、当局は危機意識を持っている。そのため就業規則を変えようとする。
生徒数が減少した場合は、先生を解雇しますという就業規則を作ろうとする動きがあると聞いている。
生徒数が減ると解雇になる、講師が増えて2,3年の有期雇用がすすめられる、そういうことが先取りされてやられている。
そのため私学では、労働時間問題よりも身分の確保の問題が大きい。
労働組合の組織の存亡の危機と労働法制の改悪
大企業は、労働法制の改悪をはじめ21世紀を考えるグローバルな方向を考えそのための準備を着々としている。
ところが日本の労働組合は、イタリアやドイツやフランスの労働組合は…というが、反対方向に行っている気がしてならない。
例えば労働法制の改悪の問題でも、労働者の根幹にかかわることなのに何か無関心である。
もっと大変だ、と思う人がもっともっと出てきてもよかったと思うが。
労働組合にはいろいろの立場があるが労働法制の改悪の問題が、なぜ共通問題にならないのか。
そういう点から考えてみても大企業がいうグローバルの方向と闘おうとしても太刀打ちできないことがあるのではないか。
大企業は本気であるし、本気でやっている。
今は民間の労働組合は、自分のところの最低労働条件を守るので精いっぱい。労働時間、賃金、解雇に追われていて労働組合の様子が見えてこない、そのため労働組合の組織の存亡の問題が生まれている。
労働組合が、自分のところをどうするかというぎりぎりのところに追い込まれている様子がある。
労働組合が自分たちの力で問題を解決するということが、非常に弱まってきている気がする。
いのちと健康に関わる安全対策部門が
ドンドンとリストラされている
労働安全衛生は、高度成長期に非常に注目された。
災害もあった、公害もあった、企業はどうなっているのかというを批判があった。そのため企業は、労働安全衛生のために金をつぎ込んでいた面もあった。
ところが高度成長期に対策が打たれた労働安全衛生は、今日のような状況の場合はまず第一にリストラの対象になる。
リストラといえば首切りが注目されるが、まず企業で安全屋さんと呼ばれる人がいないようにされた。
それまではの企業の労働安全衛生担当者(安全屋さん)が絶えず労働基準監督署にやってきて情報を得ていた。、そういう仕事をしていた人がまずリストラの対象になっていなくなった。
安全衛生課という部署が、どんどん小さくなって何千人の会社でも1人いるか2人いるかという状況になっている。ヒトの面だけではなく、経費の面でも安全衛生が削られている。
建設業では、経費は安くするために安全衛生の面が削られる。
足場を作らない、安全対策をしない、などまず1番先に安全衛生の面が削られている。
安全衛生は命・健康に直接つながって行く。
それを放置していると最低労働条件や労働組合の組織の存亡に連なって行く。
そのことを踏まえて、自分とみんなの命と健康を守る労働安全衛生を考えていかなければ、ケガをして仕事ができないばかりか働く場がなくなってしまうという結果になる。
80年前に決めたILO第1号条約すら批准しない日本
日本の国や大企業は、国際労働基準すら守られない。
80年前に出されたILOの労働時間すら批准できないでいる。
日本の政府は、ILO第1号条約すら批准しないで、第1号条約を引用し変形労働時間を根拠にしている。
しかし、ILO第1号条約の2(b)には「但し、本号に規定する如何なる場合においても1日8時間の制限を超ゆることを1時間より多きことを得ず。」と書かれ9時間しかだめですよとしている。さらに災害や機械などに緊急の処置を行う場合に労働時間の制限を超えても……と限定されている。
ところが日本の変形労働時間制は、9時間と言っているが実際は10時間を超える労働させられている。
80年前にILOが決めた労働時間どころではないのが日本の現状である。日本はILO、国際労働基準を最初から守らない、守れないようになっている。
最低限すら放置していれば もっと悪い状況に
工場などの現場で働いている人は安全衛生ということがよくわかる。
しかし事務職などの仕事に就いている人は安全衛生、どういうことがピンとこない。
工場では、爆発するかもしれない、機械に巻き込まれるかもしれない、ということがあるが事務職などの仕事の場合はそういうことがすぐに起こらない。
労働安全衛生が分からない、知らない、という間に労働条件とともにどんどんレベルが低下させられていっている状況がある。
だから、教職員の場合は京都府人事委員会が指摘している法違反をどうするのか、だれが直すのか、と言っているだけではなく、現実に直していかなければならない。
最低限と言っているのだから。その最低限すら放置していれば、もっとどんどん悪い方向に行く。
労働安全衛生の悪いところは、だれが見てもを直していかなければならない、と思うはず。そこから取り組んでいく。
普段働いているとなかなか労働安全衛生のことをじっくり考えにくい。
先生を見て育った生徒たち
社会人になったとき先生を
労働者のあるべき姿として見るだろうか
教職員は、本当に長時間過密労働している。
休憩も削って生徒と話をする、でも生徒たちはしばらくすると社会人になる。
先生を見て育った生徒たちが、社会人になったとき先生を労働者のあるべき姿として見るだろうか。
生徒がなりたい労働者の姿として先生を見ているかどうか。
先生は一生懸命やっているのがわかるが……。やはり不安がある。
生徒たちは、先生が一生懸命やってくれるのはいいが自分はそこまでやりたくはない、と思っているかもしれない。
「先生休憩やし、その話はあとで」という方が普通の感覚かもしれない。
使命ばかりが先行している教職員の姿は
教職員の状況は、私たち労働基準監督官と同じように使命ばかりが先行しているように思える。
使命感ばかりが先行しやすい職種ではないかと思う。
ものを作るといっても結果はよくわからない。
どこかの大学に入ればその結果はわかるかもしれないが…も教育の結果は見えない。
製造現場では、ひとつのものを作れば見える。ものの結果が見えない中で、使命感ばかり…そんな状況の中で働いている先生を見た生徒たちは将来どんな労働者になるのだろうか、と不安になる。
自分たちが働けないような、働いていることで健康害するような学校では、いい教育もできないし、いい生徒も育たないだろう。
私たちも同じような状況の中で、労働行政に携わっているので話した。
( 完 )
いのちがけで労働者のいのちと権利を守る労働基準監督官
山城貞治(みなさんへの通信40)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その20)
労働者のいのちと権利を守る最前線から労働基準監督官
からみた学校現場 講演要旨
ILO81号条約の労働監督の第12条では、労働監督官の権限が書かれている。立ち入り検査、調査、検査又は尋問、物品の収去。
労働基準監督官の権限
立ち入り検査、調査、検査又は尋問、物品の収去とは
立ち入り検査は、労働基準監督が工場に行って、「今日は、これこれのことでしたんですが」と訪れる。
「健康診断はやっている」「ちょっとその個人票を見せてください。」などと調査は尋問する。
書類の提出、収去は、問題のある書類などを持って帰ること。
ILO 81号条約の第13条には、強制措置をつかさどるとなっている。
そして命令の権限があるとなっている。
第16条では、「事業場に対しては、関係法規の実効的な適用の確保に必要である限りひんぱん且つ完全に監督を実施しなければならない。」となっている。
法規に違反するものは
事前の警告なしにすみやかに司法上の手続き
日本の労働基準監督官は、人数が少なく頻繁に事業場に行けない。
第17条では、「労働基準監督官によって実施を確保されるべき法規に違反し、またはこれを順守することを怠る者は、事前の警告なしにすみやかに司法上の手続きにされる。」となっている。
これが司法警察の役割。
第27条では、「労働監督が実施を確保すべき仲裁裁定及び労働協約を含むものとする。」と書かれているが、外国の労働監督官は中央労委・地労委の役割をしている場合がある。
単なる監督だけではなくて、労働者と使用者の間に立って話をつける。
そういうことができる労働監督官の制度が外国にはある。
以上のようにILO81号条約に基づいて日本の労働監督制度がある。
労働基準監督官は、事業場・寄宿舎その他の付属建設物に
臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、
又は使用者もしくは労働者に対して尋問を行う
日本の労働基準法では、第11章で監督機関が書かれている。
その第101条では
「 労働基準監督官は、事業場・寄宿舎その他の付属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者もしくは労働者に対して尋問を行うことができる。」
などの労働基準監督官のの権限が明らかにされている。
さらに、監督機関に対する申告ということが書かれている。
第104条には報告等ということが書かれている。
労働安全衛生法では第100条。
京都府人事委員会に各学校現場が、健康診断の結果を報告していない、災害報告がされていない、ということがあるが労働基準法や労働安全衛生法では報告をしなさいということが明らかにされている。
定期監督、災害時監督、申告監督、災害調査、再監督、調査、許認可、司法、集団指導投入を主な仕事を労働基準監督として行っている。
連絡もなしに飛び込みで事業所を訪れるのが「定期監督」
定期監督とは、労働基準監督署が一定の問題意識を持って「こういうところを監督しよう。」と考えて、12月から準備をし4月から監督を行う。
こういう決められた計画的な監督を定期監督という。
定期監督はありとあらゆる業種に行く。
建設現場、大企業、何千人というを大きな会社、小さいところは場合によって監督署に呼ぶ。いろんな方法がある。
京都には2,000人ぐらい働く人がいる事業所がある。
そういうところは6人の労働基準監督官が行く場合があるが、ほとんどの場合1人の労働基準監督官が事業所を訪れる。
連絡もなしに飛び込みで事業所を訪れる。
そうすると守衛さんが「どなたですか」と聞く。
「監督署です」「約束をされていますか」「約束はしていません」
そこから始まって、総務課に行ったりして、定期監督が行われる。
京都府人事委員会のように1カ月前に府立校などに連絡するようなことはしない。
突然行くのが定期監査。
「 今度1カ月後に行きますから書類を作りなさい。」そんなことは言わない。 だから、定期監督に行くと事業所の部屋の中は書類でごちゃごちゃになっている。
たまたま行くことが分かっていると事業所は大変きれいになっている場合がある。
みんなは仕事をしているのにうかがピカピカ。
ある企業では労働者から「掃除をするのが大変や~」という苦情があった。
それほど監督は企業にとって大変なことなのだ。
「労働時間の違反があります。」「有給休暇がとれません。」に対する申告監督
申告監督とは、
監督署に
「労働時間の違反があります。」
「有給休暇がとれません。」
などの相談がある。電話で1月300件以上の申告がある。
「電話ではとても話してよういられないので、労働基準監督署に来てほしい。」ということになるが、実際に労働基準監督署に来られるのは1月30件ぐらいになる。
そこで調査に出ると、暴力団関係の人が出てくる場合がある。
119の連絡と
同時に災害の発生状況を見に行くのが労働基準監督官
災害時、監督は、災害があったときにその災害の発生状況を見に行く。
首が飛んでいたり、手足がとれていたり、血が流れていたりする。
エレベーターに首がはさまれて死んでいた災害現場に行ったとき、首がエレベーターの上に乗っていたという場合もあった。
救急車は人が死んでいる場合は、そのままにしてすぐ帰る。
現場検証。 田舎にいくほど労働基準監督官が行くのが早い。
119番があるとすぐ労働基準監督署に「只今は労災事故発生。」と連絡が入る。
警察も消防署も早く労災事故のことを知らせてくれる。
だから事故現場で死体を見る場合が多い。
京都のような大都会になるとそういうことはない。
災害時監督をしていると、労働基準監督官自身が死にそうになる場合もある。
それは、高いところの労働災害を調査していると、もともと危険な場所ー手すりがない、安全装置がされていないーで、調査をする。
そのため何度も落ちそうになったことがある。
労働基準監督官の出す
是正勧告書、使用停止等命令書、指導書
以上のような監督を行った場合、是正勧告書、使用停止等命令書、指導書などを出す。
是正勧告書は、こういう違反があるから改めなさい。 使用停止等命令書は、ILOの命令ができるということに基づいて使用を中止しなさい、作業中止しなさい、と指導をする。 そこまで行かない場合は、指導票で指導する。
京都府人事委員会の書類を見ると、労働基準監督署と近いような書類を使っている。
「最低賃金が払えないから」などの 調査、許認可制度
次に調査、許認可制度があります。
大きな賃金不払いがあった場合、会社が支払われない場合に「賃金立て替え払い制度」という国の制度がある。そういうことを調査する。
また教職員に大きな関係がある、
宿日直、一斉休憩、解雇予告除外認定、最低賃金適用除外などの許認可がある。
現業職の場合は、解雇予告除外認定も関係してくる。
最低賃金適用除外などの場合は、養護学校の生徒たちが事業所に働きに行く段階で、職安を通じるけれども「最低賃金が払えないから」というお話しが出てくる。
そういうことなどを労働基準監督署が調査・許認可する。
集団指導は、企業や労働組合の幹部が集まっているところで労働基準法や労働安全衛生法の話をすること。
労働基準監督官は、一般の人が知らない労働監督のいろいろなことを経験しているがそれを感じなくなってしまっている傾向がある。
人事委員会への調査・事業場調査台帳などのウソは犯罪
学校現場の状況については、京都府人事委員会が府立学校に立ち入り調査をした結果「指摘事項」を府教委が明らかにしたものを見た。
またそれをまとめた府高労働安全衛生対策委員会の資料も読んだ。
36協定、休憩の問題、衛生管理者、健康診断を報告、安全衛生委員会の問題、傷病報告、ネズミ・昆虫の駆除の順番で京都府人事委員会からの違反指摘事項が多い。
36協定がない、休憩がない、休憩の自由を利用ができない、これらのことは教育現場にあることは聞いていた。
昼休みにも指導がある、いつ休憩かわからない、などのことは聞いていた。 そういう中で京都府人事委員会の調査、毎年の事業場調査台帳などにウソが書かれているらしいと聞いた。
信じられない見てもわかるようなウソを書くこと
自主点検という仕事のやり方がある。
まさに自分で点検するというやり方である。
全部の事業場を回れないのであるところを選んで「あんたとこどんな状況か調べて出して」と点検するやり方である。
その方法と京都府人事委員会がやっていることとほぼ変わらないと思う。
労働基準監督が見てみれば、ウソを書いているか、ホントの事を書いているか分かる。
京都府人事委員会がどう考えているか分からないが。普通は、ウソかホントかすぐわかる。
京都法人委員会の事業場調査は、労働基準法に基づいて行っているのではないだろうか。
そうなると、虚偽の報告をすると犯罪になる。
労働基準または労働監督制度を維持するためにウソを言うとそれが罪になる。
だからウソを書くこと自身が信じられない。
だれが見てもわかるようなウソを書くことは信じられない。(つづく)
2011年7月13日水曜日
生徒の労災認定続出 労働基準監督官から学ぼう
山城貞治(みなさんへの通信39)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その19)
(8)公務災害を取り扱う、地方公務員災害補償基金京都府支部などの諸制度を基本的に改善させる。 と言う項目に労災補償・労災保険の事が書かれていなかった事は重大な問題であったと反省している。
公務災害と労災の範囲がおかしいと疑問を抱いて
1997年前に、労働安全衛生政策を作成したのだが、非常勤・常勤的非常勤(いろいろな名称が次から次と作られる教育現場)で、学校事務担当者や校長・事務部長などに「非常勤の教職員の労災補償はどのようになるのか。」と聞いたところ、
「すべて公務災害補償の範囲」
と答えられ、週数時間しか来ない時間講師宛の府教委のマニュアルにも、「公務災害が適用されます。」と書いてあった。
それでも、府高労働安全衛生委員は、自分の学校の管轄下にある労働基準監督署に行って
「週数時間しか来ていただいていない臨時教職員のために労災保険が適用なっているのではないですか。」
と聞いて見た。
すると
「管轄下の私学などは届けと事業場として書かれていますが、府立学校はありませんね。」
と言われたので、府立学校の臨時教職員もすべて「公務災害適用」と思い込んだ弱さがあった。
「そんなことはないでしょう」「何を言っているの」
しかし、地方公務員災害補償基金京都府支部などの適用範囲など調べるうちに週日数と一日の労働時間数によって、公務災害適用範囲にならないことが解ってきた。
府立学校の臨時教職員は、一校にで働くより数校掛け持ちで働く場合が多い。その場合、「どうなるのか」と「基金」側に詰め寄った。
しかし、彼らは「そんなことはないでしょう」と言い、「何を言っているの」「そんなことが多いから聞いているのではないか。」となってしまった。
授業で労災保険制度を教えると 続々と相談 労災認定
そんなことがあり、すでに述べてきた府高委員長と労働安全衛生委員が京都労働局に行って、調べて、府・府教委とのあいだで「予想臨時労災保険料」・「年度末報告による労災保険料の増減で決算。」と言う不合理を知った。
府高委員長と労働安全衛生委員も反省し、その改善に取り組んだが、府・府教委とのあいだで「予想臨時労災保険料」・「年度末報告による労災保険料の増減で決算。」と言うなら、労災認定請求の窓口になる労働基準監督署がそのことを知らないというのもおかしなことになる。
でも、府高としては、府高の職場には公務災害補償・労災補償の対象となる人が居る事を視野に置かなければならないということになった。
そのため府高委員長は特に退任後労災保険制度を学習し、労働安全衛生委員は生徒のバイト、パートの労災適用に取り組んだ。
ほんまや 先生の言うとうりや 労災認定された
ある高校では、授業で労災保険制度を教え、生徒に申請の仕方、認定・不認定の問題。認定後の問題を具体的に個別に取り組んだ。
するとコンビニ等で働いている生徒の十数人が労災を認定されるなどことがあった。
「先生、ほんまやな。通勤災害認められたわ。」
「交通事件保険と通勤災害補償とどちらか選べ、と言われたけど、どう違うの。」
「衛生のため手袋はめて、と言われてはめたら、手がこんなぶつぶつ変な色になった。なんでや。
これも労災になるの。」
「食材を切る機械で、腕切れたけどこれも労災?」
「バイト先のおばちゃんが、ベルトコンベアーに挟まれてレスキュー隊来て やめさせられたけど、
これ労災になるのでは。
でも、労災になったらやめさせられるの。」
「ほんまや。先生の言うとうりや。労災認定された。友達にも教えるわ。」
次から次へと相談があり、労働安全衛生委員は、その都度労災保険制度を学習したり、労働基準監督署に生徒と一緒に労災申請に行くことが増えた。
府高委員長から、公務災害ばかりだったので、労働基準監督官に来てもらい「学習会」をしようと言うことになった。
その時、京都のある労働基準官が講演してくれた。それを再録させていただく。
労働者のいのちと権利を守る最前線から労働基準監督官からみた学校現場 講演要旨
労働基準監督署は、全国に345(注:当時)ある。
京都には、上・下・南・福知山・舞鶴・丹後・園部労働基準監督署の7署がある。
世界的には「労働基準監督」とは言ないで、「労働監督」といわれている。
人として値するを生活が保障されるようにしなければ
労働基準は、憲法に基づいている。労働基準法第1条では、「人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」となっている。
最低基準であるとされている。
最近の労働法制の大改悪でこのことが悪くされている。
基本的に大事なことが労働基準法第1条には書いてある。
過労死とか職業病が生まれるような労働ではなく、人として値するを生活が保障されるようにしなければならないと書かれている。
労働安全とか労働安全衛生を考える場合は、どうしても職業病の問題を考えたり労働災害の問題を考える。
しかし、その問題だけに根本的なことを目を向けているいては最低限の適用でない。
当局が認める場合は メンツがあるから
労働災害や公務災害を当局が認める場合は、労働安全衛生に問題があったというよりも、メンツがあるから認めないということが多い。
しかし、そのことに目が奪われて労働安全の問題を抜きにして、労働災害や公務災害の認定を追及していると、個人の責任やメンツの問題にすり替えられてしまう。
職業病の認定や労働災害の闘いは重要であるけれども、本来の労働安全衛生は人間らしくを働ける、そういうことだと思う。
ところが最近は人間らしく働けるということがどんどんどんどんレベル低下させられている。
なにが人間らしいか分からない、なんとか生きているをそういう状況に甘んじている傾向がある。
そういう傾向にさせられている。
その点から考えて、人間らしく生きる労働とは何かを労働安全衛生の立場から考えてみる必要があるだろうと思う。
私たち労働基準監督官は 労働警察である
私たち労働基準監督官は、司法警察の役割がある。
すなわち、労働警察である。
司法警察は、消防、営林署のある人は、司法警察の役割を持っている。
海上保安官・郵政の関係は、特殊な司法権を持っている。
それは、一般の警察では専門性がありすぎるので難しいだろうということで出来ている制度である。
特別司法警察にたいして、警察官は一般司法警察という言い方をしている。
罰則がある、というその圧力によって違反行為を防止する
通常労働基準監督官は監督という仕事をしている。行政的監督として、ILO81号条約で決められている。
ところがそれを守らなかったがどうなるんだ、ということがある。
労働基準法の中ではお互いが納得さえすればいい。
どんな悪辣な労働条件でもお互いが納得すればいい。
そのようになっている。
そんな労働条件でも履行しない使用者がいたとすると、労働基準法では、司法的な救済をするようになっている。
罰則がある、というその圧力によって違反行為を防止するして、やめさせる、それが行政的監督。
私たち労働基準監督官は、なぜこれが違反なのか、直しなさい、根本的な話を事業主に対して話をする。
事業主から「(法違反)を直さないとどうなるか」と聞かれることもある。なかなか直してもらえないこともある。
司法と行政的監督が、私たち労働基準監督官の仕事です。
ILOの監督官数配置すら 反している日本政府
ILOの各条約は、日本はほとんど批准していないが、81条約(工業及び商業における労働監督に関する条約)は、批准している。
このILO81号条約の第3条には、労働監督の制度の機能は、次のとおりとする、として、a,労働条件……b、法規を遵守する最も実効的な方法に関し……と労働監督はこういう機能をすることが労働監督である、ということを書いている。
第10条では、労働監督官の数は……と書かれている。
日本では、労働基準監督官の数が大変少ないということがありるが、ILOでは監督官の数は「任務の実効的な追考を確保するために充分なものでなければならず」と明確。 ( つづく )
誤解を恐れずに率直に申し上げますが、これほど過労で倒れる現場を抱えている労働組合の取り組みとして、現在の活動が十分であるのか問われている
山城貞治(みなさんへの通信38)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その18)
元京都府高委員長が忘れられない
「先生たちが見殺しにしている」と伊藤誠一弁護士の提起
元京都府高委員長は、労働安全衛生対策委員会ニュース「教職員のいのちと健康」2000年6月に掲載された「教育現場から過労死をなくすために」というテーマで伊藤誠一弁護士が北海道の高教組に宛てて書いた文章を読んだとき 「先生たちが見殺しにしている」という提起を受た時と同じような思いが去来し、組合の忙しい時間と共に基本的で、重大な問題を忘れるところだった。
ハットさせられるより、「忘れかけている自分たちの教職員組合の取り組み」の重大な誤りを11年経った今も忘れないでいる。
しかし、伊藤誠一弁護士が書かれたのは、もう20年にもなるのか。
忘れかけていたですまない 忘れてならないこと
今、当時のことを忘れないで過労死問題でこのような取り組みをしているという手紙と文章が山城貞治のところに送られてきた。
もういちど、高校の教職員組合に伊藤誠二弁護士が掲載していただいたことを再録して欲しい、との連絡があった。
そこで、伊藤誠一弁護士には、申し訳ないが、教職員のいのちと健康」2000年6月に掲載された「教育現場から過労死をなくすために」を再録させていただく。(紙面の関係で、割愛させていただくことをお許しねがいたい。)
率直に感じていることを高教組へ
三沢先生(夕張南)、木嶋先生(滝川北)両事案に関与させていただいて考えること 1991年10月 弁護士 伊藤誠一
両事案の公務災害認定のためのたたかいに参加させていただいたことを光栄に思います。
小職自身過労死についてその本質を深める機会が与えられ、また今日の教育活動の実情を学びとることができました。まず、そのことに感謝申し上げます。
ここでは両事案を担当させていただいて率直に感じていることを、高教組との関わりでまとめてみましたので、何らかの機会にご検討いただければと存じます。( 以下略 )
1,高等学校現場における
過労ないし 過労死の実態把握は進んでいますでしょうか。
先日、網走南ヶ丘高・板緑先生の「過労死」のケースについてレクチュアを受ける機会がありました。
地公災基金道支部で公務外でされたとのことです。
また去る9月旭川のH高等学校のW先生の自殺が公務上と認定されたケースがありましたがこれは高教組が取り扱ったケースではありませんでした。
日高教が1990年12月全国的にかなり大がかりに行った在職死亡調査の北海道段階における分析は未だ発表されておりませんが、平成元年4月から同2年3月までの在職死亡による退職者21名のうち(とりあえず高等学校分)、少なくとも高教組所属4名は(肝不全、心不全2名、脳出血)、死亡診断名から所謂過労死ではないかとの疑いの目でみる必要がありそうです。
組合に入っていない先生の健康実態は
高教組に所属していない現場の先生はどのような実態なのでしょうか。
今こそ北海道内の高校現場における在職死亡について(高教組組合員であるか否かに拘泥することなく)高教組の総力あげて調査し分析する必要があると考えますが、いかがでしょうか。
2,三沢先生、木嶋先生そして板緑先生の過労死は、
教育労働条件の改善に生かされていますでしょうか、
或いは生かされるよう
その死は位置づけられているでしょうか。
改めて申し上げるまでもなく、これらの過労死のケース、そして種々の事情で組織的にはとりあえず俎上にのせられていない多くの過労死のケースは、教育政策の貧困さの一つの結果であり、さまざまな困難・条件の下で求められている教育活動と現に行いうる教育活動との間の矛盾を集約的に示しています。
所謂教育困難の中で教育活動に従事しなければならないこと、現代の子どもと教育をめぐる状況にふさわしい定員が配置されていないこと、健康管理体制の不備等過労死を招いている要因を指摘するについては枚挙にいとまがありません。
教育労働環境を改善し原因を取り除かない限り
過労死は くり返される
こうした中で生み出される過労死は、したがって、その教育労働環境を改善し原因を取り除かない限り、くり返される性質のものであると考えなければなりません。
この先生たちの死が、しかも小職の乏しい経験によっても、いずれも優れた実践者であったと申し上げることのできる諸先生の死の意義が、高教組のそうした悲劇をなくしていく取り組みの中に正当に位置づけられているでしょうか。
過労死がまさに労働によってもたらさせた死でありながら、救済されずに、時の経過とともに放置されている労働現場が多い中にあって、高教組が遺された遺族の救済のため全力をあげていることを高く評価するものですが、しかし、そこにとどまっている不十分さはないでしょうか。
北海道ないし任命権者である道教委
と健康保持をめぐる権利の問題
この点で大事ではないかと考えるのは、過労死は公務災害の認定問題(それが困難な現状にあってはとりわけ)であると同時に、むしろその前提問題としては、使用者たる北海道ないし任命権者である道教委との間の教育労働条件改善ないし健康保持をめぐる権利の問題であるということです。
その予防のために、北海道ないし道教委に対策をたてさせることが必要です。
そうした手だてがとられない限り、高等学校現場で過労死は多発し続けることが予測されるのです。
公務上認定にとどまらず損害賠償請求を求める姿勢を
また不幸にして倒れたときは、地公災基金制度の制度的枠組の制約の中で公務災害認定斗争を進めざるを得ませんがなお、「使用者としての責任」を明確にさせていく観点が必要ではないでしょうか。
例えば、北海道や道教委に対し、地公災基金支部に「認定」するよう意見を出させること、或いは、あまりひどい状態であるときは、公務上認定にとどまらず損害賠償請求を求める姿勢を示すことなどとしてそれは具体化されましょう。
「あれは仕事で死んだのだから公務災害はまちがいない」
と言っても
3,地公災基金支部に対する働きかけや地公災基金支部審査会の運営の改善のたたかいも必要になっています。
前者についてみますと、まず、過労死の認定基準の不合理さがあります。
わたしたちが問題にする過労死は、現場での誰もが、
「あれは仕事で死んだのだから公務災害はまちがいない」
と考えている教育労働がもたらす「過労」による「死」ですが、そのように認定されない、認定基準についてどのようにすべきなのでしょうか。
その具体的な運用についても・地公災基金支部に対し
「このケースは公務災害と判断されるのでそのように認定すべきだ」
と高教組が申し入れ、交渉するなどの取り組みが必要なのではないでしょうか。
基金支部審査会の民主的手続になじまない運用の改善を
また後者についてみると・不服申立を求める側の権利性が十分認められない運用実態にあります。
基金支部審査会の組織は、使用者たる北海道の職制の中で他と独立して定められている(たてまえ)にも拘らず、
実態は人事課の片隅で、
外部からみて他の部局の職務と明確に識別されているのか否かわからない状態で事務が行われていること、
申立人の代理人にならなければ審理に参加できず、
したがって例えば新聞記者が傍聴できないなど「公開」が不十分であること、
裁決は予め日時も知らせずに、一方的に突如として送付されてくることなど、
審査会の人的物的体制の確立によって実現すべきものもありますが、そもそも民主的手続になじまない運用も数多くあるように思われます。その改善に取り組むこと事が重要なテーマになっています。
過労死問題にとり組む体制になっているかは 疑問
4,三沢事案・木嶋事案の教訓、斗いの成果は
例えば担当部に実務的に
しっかり引き継がれているでしょうか。
小職の記憶に残る限り、担当者であった、また現に担当されている、前田先生、木村先生、卜部先生いずれも全力でこの問題に取り組んで来られました。
しかし、三沢事案で認定をかちとり、木嶋事案はじめ多くの過労死事案を抱えている労働組合にふさわしく過労死問題にとり組む体制になっているかについては率直にいって疑問です。
その不十分さは、以上に述べた必要な取り組みが必ずしも十分なされていない、という事実と重なるのですが、「学校現場での過労死の問題」を過労死認定のレヴェルでみているのではないかという疑問を生じさせたりするのです。
現に高教組が進めている過労死認定の斗いの意義について、いくら強調してもしすぎることはないと考えるのですが、それが、過労死をなくす取り組みの中でことがらの本質にふさわしく位置づけられ、また、過労死をめぐる問題の諸状況が組合員に広くそのこととして伝わっているであろうか、という疑問にそれは置き換えることができるかも知れません。
労働組合の取り組みの活動が十分であるのか
誤解を恐れずに率直に申し上げますが、
これほど過労で倒れる現場を抱えている労働組合の取り組みとして、現在の活動が十分であるのか問われている、
ということなのです。
公務災害の認定一くり返し申し上げますようにそれ自身極めて重要で、今日的に意義ある斗いではありますが、
その斗いに留まっていはしないか、
それも十分になされていますでしょうか、
という提起なのです。
小職の以上の主張はおそらく「木をみて森をみない」論であろうかと思います。
しかし、
この「木」にこそ
学校現場で働く教職員の教育と労働、
そして教育行政をめぐる今日的な大きな矛盾の一つが集中的に現われているのではないか、
そう確信するが故に、また高教組が労働者の労災・職業病をなくす斗いの先頭にたたれること期待するが故に強えて申し上げているものであることをご理解いただければ幸いです。
2011年7月12日火曜日
彼が倒れる前に はっきりと姿を現さなかったではないか 労働組合も、過労死の根絶を標榜する弁護士も
山城貞治(みなさんへの通信37)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その17)
高橋雅之先生の過労死を公務災害認定させたことの意義
伊藤誠一 ( 弁護士 )
最も身近だった組合に やっとたどり着いた
「入院中外出許可がでて、北高に行って校長先生にご挨拶したとき、校長先生からは
『外からの怪我でないから、公務災害には該当しないようだ』
と言われました。
事務の方も
『扱ったことがないから、どうでしょうか……』
と言い、それでも認定申請用紙を貰って帰りましたが、どう書いてよいものやらわかりません。
途方に暮れながらも、市民病院の相談室を訪ねました。
『事例がないから……。難しいかもしれないけれど出してみては』
と言われました。
その時、自分だけでなく、多くの人のためになるなら、と思いながら申請用紙に何をどのように書いていいのかとしばらく悩みました。
市役所の市民相談室に行ったとき
『北高にも組合があるから、相談したら』
と言われて初めて北高の高教組の分会長さんに相談しました。
最も身近だった組合にやっとたどり着いたのです。
豪華メンバーに、びっくりもし、感動しました
早速、本部でも取り上げてくれて1回目の『対策委員会』に出席しました。
委員長さんはじめ、弁護士、医師、職対連などの豪華メンバーに、びっくりもし、感動しました。
力が湧いてきました。
組合がなかったら、今回の認定はありませんでした。
あの人のことだから、きっと今頃
『良かった、良かった、みんなで飲んでくれ』
と言っていることでしょう。
みなさん方の力が、不可能を可能にしてくれました。
ありがとうございました。 」
(高橋靖之先生公務災害認定報告集会での高橋ヤス夫人のあいさつ高教組情報/1998/4/13より)
労働組合が身近な存在になっていない
高教組の懸命の尽力にも拘らず、組合員に
「労働組合が身近な存在になっていない」
という事実を噛み締める必要があるのではなかろうか。
高橋さんの場合、高教組と結びついたからまだ話にもなる。
むしろ、そこに思いが至らない組合員ないし家族(過労死の場合はいつも主体は家族である)が少なくない、と見るべきではなかろうか。
それでは闘い以前の話ではないか。
改めて述べるまでもなく、組合に「つながった」後の原則的で人間味溢れる取り組みは道高教組ゆえのものであった。
その結実がこの度の基金支部段階の画期的な公務上認定に他ならないこと紛れもない事実ではあるが。
陽がかたむきかけた 夕暮れのポプラ並木のさきに
昭和40年前後の夏のことである。大分県から5人の仲のよい女学生が北海道旅行に来た。
羊ヶ丘公園の清明な空気を胸一杯に吸い込んで、日が傾きかけた頃、北大を散策することにした。
大学構内の道案内は正門近くで案内を申し出てくれた学生アルバイト。
あれがクラーク像、これは札幌農学校の伝統を良く引き継ぐ農学部…と懇切丁寧に語りかけてくれた。
夕暮れのポプラ並木の先に広がる農場の佇まいも色彩も、南国のそれに比して透明感のある淡い色模様であるようで女学生たちの旅情を深くした。
その学生は、
「せっかく北海道に来られたのですからサッポロビールの飲み方をお教えしましょう」
などと彼女たちが網走行きの夜行に乗る間際までつきあってくれたのだった。
「北と南」、離れすぎていた
彼は女学生の一人に教師になる夢を語る。
九州に戻ったその女学生は学生にお礼の便りを出した。
3年後、学生が仲間と共に九州旅行に来て女学生と再会する。
二人はいつか文通を始めだがそれにしても「北と南」、離れすぎていた。
思いを重ねようとすることに無理があるかも知れない、と女学生は言い聞かせながら、卒業と同時に小島の教師になる。
北からの熱いプロポーズ
やがて届いた「北からの便り」。
そこには熱いプロポーズがこめられていた。
女教師は決断する。
彼女は彼との共同を求めて北国へ、夢と期待と、そしていくらかの不安を抱いて南国を旅立ったのである。
北海道に出るについて親族が猛反対であったことは想像に難くない。
あの南国の旅立ちから27年。
共に教育活動に励む内に生れた2人の男子は立派に成人した。
将来の楽しみは2人でキャンプしながらあちこち歩くことだったという。
これからの20年、30年で2人のより豊かな人生の刻が重ねられることに誰の異論があろう。
だが高校教師だった彼は、1996年冬、雪のクロスカントリーコースに部活動指導中倒れ、一時的に救命されたものの、晩秋、思いを残して旅立ってしまう。
彼が倒れる前にはっきりと姿を現さなかったではないか
労働組合も、過労死の根絶を標榜する弁護士も
残された女性が、その死の意味するものを明らかにしたい、と必要な手がかりを求め続けるということが、人間的な所以でなくてなんであろう。
周りの者はどうにかこの遺された女性の行動の支えになることはできた。
しかし、実は彼が倒れる前にはっきりと姿を現さなければならなかったのではなかったか。
労働組合も、過労死の根絶を標榜する弁護士も。
(高橋事案で私が作成した全ての文書について事務員の本田裕子さんの協力をいただいた)
2011年7月11日月曜日
倒れず 残された者も 病んでいる
山城貞治(みなさんへの通信36)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その16)
高橋雅之先生の過労死を公務災害認定させたことの意義
伊藤誠一 ( 弁護士 )
(2)学校現場で過労死・過労性の疾病は減少しているか
1,教師における過労性疾病の本質は、労働環境である学校と教育活動の内に疲労蓄積の引き金となる契機が内在していて、それが現実化したものに他ならないということである。
仲間が過労性の疾病を発症させたときは、職場それ自体の内に教師の健康保持という見地から改善すべき課題がある、と理解することがまず重要である。
倒れず残された者も病んでいる
私が知り得た学校現場についてみると、それぞれ教育上の特有の困難を抱え、これを克服する取り組みの中で、誰が倒れてもおかしくない、という現状が生み出され、色々な意味で最も矛盾が集中した教師が倒れるというのが実相であった。
かろうじて倒れず残された者も病んでいるのである。
したがって、職場をあげてこの問題に正面から取り組むということは、過労で倒れた教師とその家族を救済するということではあるが、これに止まらず、彼が倒れた原因を職務内容や環境との結びつきの中で明らかにし、原因たる職場・環境を改善する努力をするということであり、それらについて任命権者たる道教委の果すべき責任を明確にするということでなければならない。
一名の加配ですむ問題ではない夕張南高の過労死
ところで、道教委は不本意な死の実態の深刻さに見合う責務を果しているであろうか。
三沢先生の例では、公務災害認定後、夕張南高が教育困難を抱えていると認められ、定員に対し一名の加配(定員数に加えて教員配置すること)がなされた。
しかし、問題はそれで糊塗できる性質のものではなかったこと明かである。
定期的で有効な健康診断がなされていれば防ぎ得た死亡であったからである。
その後健康診断体制が改善された、いうことを聞かない。
不合理な認定基準のゆえ に公務外
木嶋先生の場合、職場の誰もが仕事で倒れたと確信しながら、不合理な認定基準の故に公務外とされた。
道教委は労働環境改善のため滝川北高に対しどのよう措置をなしたのであろうか。
公務外にはなったが、教育困難を抱えていたこと、同僚の悲痛な叫びから明かだった。
なるほど、高教組の取り組みで翌年度から教員一名を加配した。
しかし、その理由は曖昧だった。
道教委は部活動に対する教師
の関与のあり方を全般的に見なおしたか
高橋先生のケースは、教科教育活動等でオーバーフロー気味の教師が、大学進学の強い要求の下での部活動に10代の体力盛んな生徒とともに真剣に取り組まなければならない、という高校教育における構造的な問題を含んでいた。
この度の公務上認定を受けて、道教委は部活動に対する教師の関与のあり方を改めて全般的に見なおしたであろうか。
その上で何らかの改善はあったであろうか。
「違法」だからする
だが 健康のため最低基準を超えた努力をしない
2,こうした問題意識から、1991年10月、私は道高教組委員長宛に過労死をなくする取り組みについて、激励とともにもっと労働組合として奮闘してほしい、と率直に申し上げたことがあった。
(後に支部の役員のみなさんの会合においてその内容で問題提起もさせていただいた)
学校職場に衛生委員会を割らせる大運動はこの意味における高教組の側からの実践的な回答であったといえよう。
しかし、敢えて述べさせていただくなら、教職員の健康についての道教委の基本認識がこの10年間でどれだけ深まったといえるであろうか。
私にはその姿勢に改善が見られるとは思われないのである。
なるほど、道教委も法の最低は遵守しようとする。だから教職員数50人以上の学校について衛生委員会は設置した。
これさえしなければ「違法」だからである。
しかし、それを超えた努力をしない。
もともと働くものの健康や安全というテーマについての法の定めは使用者が果すべき「最低」の基準であって、それ以上の改善こそ法の趣旨に合致する。それをしないのである。
ずさんな健康診断 おくれすぎてくる巡回検診車
例えばまた、教職員の健康診断は極めて杜撰(ずさん)である。
全道数万人いる教職員に対し僅か数台の巡回検診車が、道教委自らが定めた検診の時期から遥か遅れた時期に巡ってくる。
その結果を各学校長を通じてする個別指導の資料にしてはいるのであろうが、道教委がこれらから知られる実情にもとづいて教職員の健康診断につき抜本的改善策をとった、という話は聞かない。
まさか過労死の発生を待っているわけではなかろうが、発生したら(もっと正確にいえばそれが公務上に認定されたら)はじめて手を打つ、という道教委の態度を改めさせない限り、悲しみや苦悩は続くといわざるを得ない。
教育労働の質から合理的とは思われない認定基準
3,私は「公務上」と認定されることの実践的意義を改めて考える。
教師の過労性疾病の場合、教育労働の質から推して合理的とは思われない認定基準を診てはめられている現状にあることは繰り返し述べられている。
その結果、公務上とされるごく一部のケースでは地方公務員災害補償基金から一定の手当がなされ、公務外と判断されるほとんどの事案では一切の救済がない、というまさに天と地の差の運用がなされている。
教師の過労のほとんどは日常の疲労の蓄積の結果である。
三沢事案がそうであり、木嶋事案がそうであった。
基金支部審査会は夕張地区の地域崩壊の特異さを述べて前者を救済し、そうした特異性を見出し難いとして後者を公務上としなかったが、教師の過労の現れ方をみるとむしろ木嶋先生のケースに一般性をみいだせるのであって、この事案が救われていないということは、教師の過労死・過労性疾病のほとんどは放置されている、ということを意味する。
私が先述した高橋事案の公務上認定の意義にも拘らず、認められて当たり前、認定までどうしてこんなに時間がかかるのか、と苛立つ真の理由もここにある。
教師のいのちと健康の保障に直接かかわる行政認定基準に不合理さがあるとすれば、これを是正する取り組みを強める必要があるのであり、適切なケースについては、地公災法の趣旨をふまえて現行基準を超えて認定させるための行政訴訟に取り組む他ない。
そうした構えがないと事態は打開されないのではないかと考える。
非民主性を通り越して貧困な公務災害「認定手続」
公務災害「認定手続」も非民主性を通り越して貧困である。
これが地方公務員の権利の最後の(疾病で倒れたり死んでしまえば労働者に何の権利が残るというのか)保障手続きであるとは到底信じられない体である。
基金支部は教育行政部局の一隅におかれ、審査委員の選任に労働組合が参加できず、審査会は非公開である。
私が道高教組にしっかりしてほしい、と願う所以である(「職業病とたたかう力の支えとなって」伊藤誠一『季刊一労働者の権利』200号記念特集号)。
社会常識とはるかにかけ離れた労働災害・公務災害認定
(3) 高橋靖之先生と高橋ヤスさんについて
労働による過労で倒れたのであれば、労働災害・公務災害として認められ、それにふさわしく扱われるのは当然である、と誰もが思っているし、そのことを疑わない。
この社会常識と「現実にそのとおり認められること」=公務上認定との間の乖離は無視できないほど大きい。
不合理な認定基準の問題もあれば、これに取り組む側の熱意なりスキルのレヴェルもある。
だからこの隔たりを埋める取り組みは「公務災害認定の闘い」という名にふさわしいのであるが、いまそのことをめぐって高橋ヤスさんのお話から付点か記しておかなければならない気になっている。
弁護士さんは庶民にとって
雲の上の存在だと思っていたが
高橋さんからいつかいただいた手紙に「弁護士さんは庶民にとって雲の上の存在だと思っていました」とあった。
主観的には、どちらかといえば働く人の側に身を寄せて仕事を続けてきたつもりでいた弁護士にとって、「雲の上の存在」はショッキングな形容であり、その「主観」に厳しい反省を迫られた。
高教組はどうであったか。
校長からも事務長からも公務上認定は難しい、といわれる。
途方に暮れながら、夫が入院する病院の相談室を訪れ
「難しいかもしれないけれど出してみては」
と勧められて悩み、旭川市の市民相談室で
「北高にも組合があるから相談したら」
といわれてはじめて高橋さんは高教組に辿り着いたという。
誰が 教師の過労死をなくすることができようか
山城貞治(みなさんへの通信37)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その14)
怒りを理性的に処理できないでいる
公務災害の問題と教職員の問題は、2000年7月北海道の伊藤誠一弁護士が、労働安全衛生対策委員会ニュース「教職員のいのちと健康」に掲載を快諾された。同じ事件、公務災害の同じ矛盾があるので、再録させていただく。
「高橋靖之教諭は1996年1月14日、旭川北高 校クロスカントリースキー部の顧問として、練習指導中に倒れ、午前11時23分に市立旭 川病院に搬入され、大動脈解離と診断されました。
そのあと自宅療養及び通院加療を続けていましたが、10月6日に病状芳しくなく再入院し、10月27日午前10時50分に死亡されました。
高橋靖之教諭は、教科の理科担当のほか、一学年の副担任、進路指導部の業務など多忙な教育活動により、基礎疾病の高血圧症を悪化させていました。
この年12月26日からはじまった生徒の冬季休業・教員の研修期間も連日スキー部の指導をせざるを得ず、これらの教育活動が過重な負担となって大動脈解離を発症させたものです。
1996年12月10日に公務災害認定請求を行なった夫人の高橋ヤスさんをはじめ、認定を求めるとりくみをすすめてきた道高教組を中心とする運動は、1998年3月6日、地方公務員災害補償基金北海道支部(堀達也支部長)による高橋靖之教諭の死亡(1996年10月27日、当時52歳)を公務上の災害と認定する画期的 な決定を勝ち取りました。」
高橋雅之先生の過労死を公務災害認定させたことの意義
伊藤誠一 ( 弁護士 )
1998年3月15日、札幌市内で北海道高教組主催・高橋靖之先生の公務災害認定報告集会が行なわれた。
私は発言の機会を与えられ、認定の意義にふれつつ、「正直いって怒りを理性的に処理できないでいる」、人生80年、90年の時代に52歳の職務による不本意な死は残酷にすぎる、人間らしく豊かに生きる権利の根底に捉えられるはずの「子どもの権利」を充足させるために日夜分かたぬ教育活動に取り組んだ結果、教師が疲労を蓄積させ、心身を切り刻むに等しい負荷を受けて倒れたのであるとすれば、教師の過労死が公務災害であるとして救済されない事態は背理という他ない。
教職員組合が過労死を根絶することなくして
誰が教師の過労死をなくすることができようか
「実践家があまりにも過労で倒れすぎてはいないだろうか。教職員組合が根絶することなくして誰が教師の過労死をなくすることができようか。高教組はもっとしっかり闘ってほしい」
という趣旨のことであった。
いま三沢紀之事案(夕張南・心筋梗塞、45歳、1988年12月8日地方公務員災害補償基金北海道支部審査会で逆転裁決、公務上)。
木嶋光好事案(滝川北・脳出血、44歳、1993年12月27日基金審査会で再審査請求棄却、公務外)。
西岡正義事案(北教組・1996年8月8日基金北海道支部審査会で逆転裁決、公務上(帯広市立第五中の西岡正義教諭(当時48歳)が陸上競技の部活動指導中、急性呼吸不全で死亡・基金北海道支部は公務外としたが、支部審査会が死亡から凡そ7年の後に逆転裁決、「公務上」と認定された。)。
そして高橋靖之事案(旭川北・大動脈解離等、52歳、1998年3月6日基金北海道支部で公務上)とそれぞれの取り組みについて改めて振り返ると、その思いは増幅するばかりである。
以下では高橋事案の公務上認定の意義について私の意見を述べつつ、やはりこの点について言及したい。
最後に、高橋先生にかかわる周辺の事情についての感想を述べることにする。
(1)高橋靖之事案公務上認定の意義について
1,地方公務員災害補償基金北海道支部の段階で過労死を公務上として認定させた意義は大きい。
いまどき過労死根絶のための取り組みを過労死「認定」の問題に置き換える者はいないと思うが、不合理な認定基準と民主的とはいえない認定手続きの下にあって、職務で死亡したのだから公務上認定は当たり前、という道理や正義が必ずしも貫かれていない実際に鑑みると、早い時期に公務上の認定をさせ、遺された者の被害を回復することは肝要なことであるからである。
少ない 教師の過労死が公務上認定された例
教師の過労死が公務上認定された例は決して多くなく、まして基金支部段階(民間でいう労基署長のレヴェル)で認定されるものは極めて少ないことを思うと被災後2年間で認定させたこの成果は大いに強調されてよい。
(「最近の裁判例・行政認定例等にみる教職員の過労死認定事例」「北海道の教員の過労死認定をめぐる状況について」参照)
例えば、三沢事案の場合認定されたのは死亡後4年を経てからであり、北教組・西岡事案でも約7年後であった。
多くの人の献身的な作業によってもたらされた
2,次に、この認定が妻のヤスさんはじめ同僚など高橋先生を知る多くの人の献身的な職務「再現」作業によってもたらされたことの意味をかみしめたい。
認定の取り組みに参加された皆さんは、遺族に対する個人的想いをふまえつつ、「共済」や「同情」とは異なる観点、教育活動によって不本意な死に遭遇せざるを得ない不合理な事態を職場からなくする、という強い意思をもって臨んだはずである。
少なくとも旭川北高校の職場にあっては、この取り組みを通じてそのことの重要性を確信されたものと思う。
公務上災害として認定させた部活動指導中
3,部活動指導中の被災について、現代の高等学校教育における部活動の教育学的ないし教育法的意義を明らかにしながら公務上災害として認定させたことにより、教師の部活動への関わりについて規範的に一つまり、その必要性を認めつつ複数の完全担当制の導入など、教師の健康を保持する権利を貫く視点に立った法律関係として一アプローチする確かな手がかりを得たと考える。
支部-本部の上下関係と通達による
行政統制による公務災害認定
4,地方公務員災害補償法にもとづく教職員の権利救済機関としての基金支部に過労死認定で実績を一つ加えさせたことの意義は大きい。
周知のとおり、教師の過労死については支部-本部の上下関係と通達による行政統制によって、基金支部にあっては過労死が公務上であるか否かの判断を主体的に行うことを止め、事実上全案件について本部の稟議に付している。
北海道における教師の過労による不本意な死の公務上認定をみると、過労死(三沢・西岡両事案)にしろ、いわゆる過労自殺(旭川東高事案、平成3,8,21、基金北海道支部審査会裁決にもとづき公務上認定)にしろ、支部段階では基準を硬直的に診てはめた結果「公務外」とされたものが「支部審査会」(学識経験者等三者構成)でいわゆる逆転裁決されたものばかりである。
その意味で(私は高橋事案や西岡事案は申請されたら時を待たず直ちに認められて当然の事案だと考えているが)、過労死事案で基金北海道支部を「支部として」機能させたことの意義は強調されてよい。
過労死をなくす取り組みの
今日的到達点をはっきりさせる
5,さて、これらの意義を深める過程で浮かび上がった課題がある。
それを整理して、過労死をなくす取り組みの今日的到達点をはっきりさせる必要があるであろう。
例えば、任命権者道教委はこの10年、教職員のいのちと健康にどう向き合ってきたか(労働組合の側からいえば向きあわせ得たか)、ということについてであり、高橋事案に関っては、部活動の指導における教師の危険はどう改善されたか、ということについてである。
そして、地方公務員災害補償基金制度を真に教職員の権利を担保するものにするための実践的改革課題もある。
関連して高教組が先駆的に取り組んで制度化した学校衛生委員会の活性化、健康診断の改善について検討しなければならないと思われる。
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