2011年7月20日水曜日
難しい課題 個人差を十分配慮する区別と統一性 快適職場環境は描くものではない
山城貞治(みなさんへの通信44)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その24)
情緒的・精神的なゆとりとうるおいを
だいじにする個人差の配慮
学校がよみがえる労働安全衛生( 辻村一郎・川上雅詮 編 文理閣 )は、1998年11月に作成され、府高全組合委員に配布された。
その本の中で辻村一郎先生(当時 同志社大学教授)は、「生きいき働き続けられる学校にするための労働安全衛生活動」の項で、快適職場環境を形成するためには、
「継続的・計画的に職場を改善することや労働者の意見をよく聞き、さらに個人差を十分配慮すること(例えば、部屋全体に暖房が入っていても個人によって寒いという訴えがあれば、その人の側にスポット暖房を置くなど)、情緒的・精神的なゆとりとうるおいをだいじにする」
事を強調されている。
快適職場環境は、オフィスなどを想定して考えられているようで、学校のように夏や冬に使わない建築構造によって、快適さは、大きく異なる。
ところが、近年、教育委員会などは教職員の勤務には夏休みも冬休みもない、と言い、ヨーロッパの労働と真逆な方向を打ち出してきた。
冷暖暖房など必要なかった時代に
建てられた学校建築上の苦悩
そのため、学校にクラーや暖房が入れられたたが、全館冷暖房でないため、教室と廊下の温度差は極端な違いとなり、労働安全衛生上の外気温の差が15度は絶えず生じ、それによる健康を害する生徒や教職員も少なくなかった。
例えば、夏。冷房27,8度の教室からから34,5度以上の廊下や通路を通ってまた冷房27,8度の教室の教室へという移動のくり返しは、生徒以上に慢性病の教職員はもちろん自律神経の失調を産みだした。
逆に冬は、暖房26,7度の教室からから0度もしくはマイナス1,2度以上の廊下や通路を通ってまた暖房26,7度の教室の教室の教室へという移動のくり返し。
管理職が口うるさく言う学校では、その温度差はもっとひどくなっていた。
労働安全衛生上の「外気温」と「室内温」の差
A校では、労働安全衛生上「外気温」と「室内温」の差がなぜ強調されているのか、を教職員に知らせ体感温度と湿度との関係を知らせた。
各教室には、温度湿度計、職員室には温度湿度計と最高温度最低温度計がおかれ、教職員が絶えずその変化を解るようにした。
そして、職員室の冬場の暖房を大幅に改善するように要求した。
それまでむき出しのガスストーブで、少なくない教職員が服を焦がしたり、ガスストーブの上においていた大きなやかんを置く習慣は危険であること。
そのため、せめて職員室をガスファンヒーターにして換気扇を増設し、こまめに調整するように改善をと文章で校長に申し入れた。
これも事務部の人々の努力で年次改善が図られたが、「足が冷える」という声も出てきた。
そこで、職員室の気流を調べたり、床面から順次天井までの温度を調べると、床面になぜか冷風が北南に流れていて職員室の空気がうまく循環していないことが解った。
そのため苦肉の策として、各机の間に仕切りを作るなどしたが、冷房も同様のことが起きた。
業者が驚いた
外気を取り入れる換気口などの設備がない部屋
換気扇を取り替えに来た業者は、
「先生、この学校の部屋おかしいです。普通なら必ず空気の取り入れ口が各部屋に作られているが、それがまったくない。」
「だから、部屋を閉め切ると換気扇のモーターに負担がかかり、寿命が短くなるんです。」
と言われて、夏冬とも空気の取り入れのため部分的に窓を少し開けて空気を取り入れるよう、教職員に説明したが、それでもともかく窓を閉める教師、窓を大きく開けたまま帰宅する教師などさまざまで、 個人差を十分配慮すること、ではなく、個人の意思尊重になってしまったりした。
教職員の間では、個人差を十分配慮する区別と統一性が難しく、それは教育でも同じではないかという意見が出た。
2011年7月19日火曜日
自然光・見渡せる教室か 閉鎖された教室か 学習効果は
山城貞治
(みなさんへの通信43)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その23)
教職員の労働が、長時間立ち仕事であることが基本的に改善がなされていないことを改めさせる。
特に妊娠中や腰痛、頸肩腕障害や病気などの教職員が常時座ることができるようイスなどの配置を教室や教育現場に整備する。
この場合、職場の労働環境は、大多数の教職員が満足しても不快に感じる教職員があれば、個人差を配慮する。政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その23)
教職員の労働が、長時間立ち仕事であることが基本的に改善がなされていないことを改めさせる。
特に妊娠中や腰痛、頸肩腕障害や病気などの教職員が常時座ることができるようイスなどの配置を教室や教育現場に整備する。
の課題にふれておきたい。
教職員の精神衛生の深刻さは
1960年代の京都府議会本会議でも問題にされている
「教職員の労働が、長時間立ち仕事であることが基本的に改善」という課題は、障害児学校での腰痛・けいわんの発生など問題にされ、腰痛・けいわんなどの特殊健康診断が府立校では、1970年頃から実施され、その公務災害認定をめぐって二つの公務災害認定が裁判で争われ、どちらも認定された。
これらの腰痛・けいわんなどの発生は、障害児学校に集中的に現れているが、府立高校でも同様のことがある。
最近、教職員のメンタル面(政策では、精神衛生とあえて表現している。)が問題にされているがそれは、最近にはじまったことでは決しない。
1960年代の京都府議会本会議でも多数の管理職を含め教職員が「ノイローゼ」になって学校が立ち行かなくなっている、と府議が問題の深刻さを取り上げている事を考えるなら、潜在化していた教職員の精神負担がより表面化することとなったとも考えられる。
このことについては、学校における人間関係や学校環境、労働環境の影響も多い。
教師が立つ教壇を広げる
座れるイスもおける取り組み
A高校では、ある旧棟の建物の教壇が極端に狭いため、授業中に先生が教壇から落ちる。
ひっくり返る、つまずくなどのことがあった。
労働安全衛生委員として事務長が調べた結果、教室面積は他の棟より広いが、教壇だけがナゼか狭い、ことが判明。
教職員の意見も聞いて、改善されたのが上の写真です。
黒板面側の面の違うところが、(青の線が引かれた部分)教壇がひろげられた部分です。
改善されてから、 教職員の中から
教職員の意見も聞いて、改善されたのが上の写真です。
黒板面側の面の違うところが、(青の線が引かれた部分)教壇がひろげられた部分です。
改善されてから、 教職員の中から
「いつ落ちるかという緊張感がなくなって、安心」
「広くなって教壇を自由に歩きやすくなって、リラックス出来るようになった。」
「身体が、安定した感じなどの意見が出されています。」
さらに、教師が座るイスも置けるスペースもとれるようになった。
閉鎖か、開放化、どちらが学習効果が上がるかの物議
教室の廊下側のガラスが、授業に集中するためにすべて透明ガラスではなく、磨りガラスにかえられていました。
ところが、全面磨りガラスになると廊下の向こうにの樹々の移ろいが見えなくなり生徒も教師も非常な「圧迫感」を受けていました。
「閉じ込められたような感じ」
「閉じ込められたような感じ」
「眼を1ヶ所に集中するとつかれる。」
「教室が廊下の灯りが入らず暗くなる」
「廊下を通人がまったく見えない。」
「不審者がいても分からない。」
「安全上非常見問題がある。いつも周辺が見渡せることが人間にとっては大切ではないのか。」
などの意見が出されました。
しかし、
などの意見が出されました。
しかし、
「磨りガラスのほうが、廊下を見て授業に集中しない生徒をなくせる。」
などの強固な意見もあったため廊下側の一部を透明ガラスに換えられました。
この変化は、生徒にも教師にも好評で、特に教師は教壇に立っているため不審者が廊下を歩くとすぐわかる、圧迫した気分も少しは和らぐと言う意見が多数出されました。
しかし、窓なしのほうが、学習に集中できるという一部の教師の強硬な意見もあり、学校環境・労働環境の改善の難しさがあった「改善」だったと言えます。
2011年7月17日日曜日
言うほど簡単でない 快適職場環境 一番努力してくれたのは学校事務職員だった 教師はなぜ無関心だったのだか
山城貞治(みなさんへの通信42)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その22)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その22)
意外だったのは、改善して欲しい、と言った教師が、改善されたことも知らないで、無反応なことが多くあったことである、と書いた。このことで不満を抱く教師は少なくないと思うが、事実そうであった。
「改善された」目に見えるものでも、「ああ、よくなった」と言う教師は少なかった。
このことは、府高委員長が心に刻んだ「見殺しにしているのではないか、」と言われたことと共通しているように思えてならない。
快適環境に出来るか 職員室は
A校での改善の一部を紹介したい。
職員室の快適環境化
①イスの軽量化をはかるが、かといって軽すぎて滑りやすくならないもの。ストッパーがついているもの。
②肘付きは、必ずついているもので仕事時における腕を休める、リラックス効果がある。
などを考え暫時更新されたが、背もたれ部分が短い等まだまだ課題がある。Fは、教職員が座っていないスペースの写真であるが、教職員が座ると、たちまち行き来が難しいくなるなどの問題があった。Eは旧来の教頭などが使っていたイスである。
役付きは肘つき。
役なしは肘なしという旧来の行政の伝統を受け継いだものであるが、おかしな伝統である。
ちなみにEのイスは、重く座り心地が悪い。
コンピュータの導入により、労働安全衛生委員は、背もたれがもっと長く、肘つきの高さ調整や机そのものの改善を求めた。
しかし、ヨーロッパのようなコンピュータイスや机は、贅沢すぎるとの声が教師から強く出た。
F 下方の左右に伸びるカバーは、コンピュータのランや電線が内部にある。
狭い職員室でコードを引っかけつまずかないための安全対策として床全面に張り巡らされている。
写真では見えないが、照明もかなり工夫され、それぞれの机にはデスク照明が配置されている。
大工事の結果の環境のよさ
前述した学校内を明るくする取り組みの一部は、以下の通りである。
そのため球そのものを検討して省エネで、より明るい球に変更する。
時間はかかるが、球の覆いごとワイヤーで降ろせるようにして「球切れ費用の削減」をはかることとなった。
結果的にA・Bの照明効果は大きく、
それまである部分は明るくある部分は暗いという不均衡照明状況でがあったが、光が均一にとどく効果を生み出した。
エアコン設置できないから 大型ファンでが大好評
また工事の時にAの↑部分に大型ファン二機が設置された。
Aは、吹き抜け構造になっているにもかかわらず天井には換気口がなかった。
そのため夏期は1階、2階、3階と階段を上がる度に温度が上昇し、6月から9月にかけては熱風が籠もるとともにイス、机が高温になり、生徒の汗が机上にしたたり落ちるという状況があった。
生徒の汗でプリントがクシャクシャになるという事がしばしばあった。
3階の教室の部屋の温度を測ると40度程であったからどれ程暑いか想像できるだろう。
学習する環境どころではなかったのである。
府教委が冷房を設置する以前。
この問題を改善するため分会役員・労働安全衛生員と事務部で話し合った結果、天井部分に換気を設備することでしのげるのではないか、ということになり、月日を経て大型ファンが設置された。
ところがこのことを気づかない教師から、「この棟は やけに涼しいなあ」という感想が次々出されてきた。
新型インフルインザ流行時の夏場に威力発揮
このファンは、授業中は騒音をより少なくするためファンを停止するタイマー式で、冷房設備が全校に配置された段階でも引き続き稼働しているが、この棟の夏場の冷房による電気使用量は少なくなっている、と事務部長から報告があった。
さらに意外なことが、その後解った。
新型インフルエンザが猛威をふるったとき、教室の温度がドンドンとあがった。
そこでその後設置されたクーラーを入れることになった。
このクーラーを入れるとき労働安全衛生対策員は「エアコンにしてほしい。巡回式のクーラーは効率がよいが、教室の空気をより汚染するだけだ。」と反対した。しかし、府教委は、エアコンを入れなかった。
新型インフルエンザが流行しているときに教室を閉め切って、エアコンを入れるとさらに新型インフルエンザが広がる。
そのため各教室では暑さをこらえることにしたが、大型ファンが設置が設置された棟だけは、涼しく、心地よい環境で学習できたと言うことがあった。
夏場に新型インフルエンザの流行。環境の改善は、このようなところでも威力を発揮した。 職員室の快適環境化のためにまずイスが年次を追って更新された。
2011年7月15日金曜日
学校の安全対策改善は 容易ではなかったが
山城貞治(みなさんへの通信41)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その21)
解ってきた「仏をつくって魂入れず」の批判の内容
労働基準監督官の学習や第一線背活躍されている弁護士・医師・研究者などの学習によって、京都府高では、「労働安全衛生体制確立で多くが解決するのではなく、労働条件の改善と要求運動や違法を許さない取り組みがないと労働安全衛生は生きてこない。
「仏をつくって魂入れず」と他の労働安全衛生関係者から批判されていた事の意味が次第にわかりつつあった。
そこで、「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の労働安全衛生対策についての項目について述べて行きたい。
(10)職場の労働環境については根本的見直しをはかり、教職員の要求を受け入れ、生き生きと希望のもて、自由に話せる職場環境(快適で安全な職場)にすることを要求する。
特に教職員の労働が、長時間立ち仕事であることが基本的に改善がなされていないことを改めさせる。特に妊娠中や腰痛、頸肩腕障害や病気などの教職員が常時座ることができるようイスなどの配置を教室や教育現場に整備する。職員室などの机イスなど既存の事務机などを快適なものとするため基本的に入れ替えるとともに職員室や事務室などを大幅に広げる。
この場合、職場の労働環境は、大多数の教職員が満足しても不快に感じる教職員があれば、個人差を配慮する。
安全対策からのアンケートからの安全改善
このことの取り組みは、府立学校でさまざまな取り組みがされた。
そして、数え切れない労働安全衛生のための改善が図られた。
そこでまず、A校での労働安全衛生の取り組みを紹介したい。
A校では、全教職員に安全対策からのアンケートをとった。
最初の頃は、◎印の次のようなささやかな要求が出されてきた。それらは時間がかかったが、管理職へ要求し※印のように改善されて行った。
◎体育館2階のギャラリーがともかく危険。釘のついた角材が放置されて、足に刺さった人もいる。消火器と書いてある下に空の一升びんだけある。窓を開けようとすると、絶対危険。
※ 体育館2階のギャラリーにものを置かないようにして、危険なものは撤去。
簡単な改善も膨大な費用がかかるが
事務職員が系統的粘り強く努力
また、体育館のライト球が切れると大型クレーン車で天井まで昇降させライト球を変えなければならず、そのため一球変えるための費用が高額になり、放置されることが多かった。
そのため、体育館の床が明るいところと暗いところがあり、教職員や生徒にとって非常に危険である事を府高労働安全衛生委員が指摘。
事務担当者の職員は改善のために多額の費用がかかるため頭を抱えていたが、ライト球と改善費などを計算し、府教委に改善計画を提出。
すぐには実現しなかったが、粘り強く事務部が府・府教委に予算要求。
京都府の予算で、天井のライトが昇降できるように改善され、ライト球の付け替えが容易に出来るようになった。
しかし、この工事はライトの数から考えても大変な工事であった。
学校という「箱」を作るが そこで学ぶ人々のことが考えられていない
◎危険なのは雨が降った校舎に入る広いスペース。滑ってスッテンコロリと腰を打った人もいる。
※ これも簡単に解決できなかった。学校設計者が、外観を見栄えよくするためにギリシアまがいの高い柱を校舎入り口に立てたが、雨が降ると床面がずぶ濡れ、転んでケガをする教職員・生徒も多いため、滑り止めシートを置いた。
しかし多数の生徒教職員が出入りするため、滑り止めシートがずれるなどのことが出てきた。
床面の傾斜を測ると平面だったので、タイルをはがして傾斜を付けて、滑らないタイルを張り直す作業をしてもらった。
すると、雨が吹き込んでも床に水が溜まることは非常にすくなったが、根本的解決にならなかった。
◎△号教室の両サイドの窓がサッシが曲がっているためかなかなか閉まらない。力を入れても閉まらない。
ともかく閉めるだけでしんどくなる。何とかして。
※ 旧式のサッシで、歪んだり、外れたりするため全面的に校舎のサッシを新式に入れ替えてもった。色や防音性も充分考えて。
だが、これは大変な大規模工事で予算も私たちの想像を超えたものであった。
まず、校舎全体に足場を組むことからはじまる作業を考えると理解できるだろう。
これも、すぐには実現しなかったが、粘り強く事務部が府・府教委に予算要求して数年がかりで改善された。
◎△号館の階段のスイッチが夜は、暗くてスイッチが入れにくい。
特にスイッチが奥まったところにあるのでスイッチを探すだけでも危険。
※ これは簡単に解決できると考えたが、校舎の配線図を見ると新たな配線が必要となったが、学校へ配分されている修繕費で、改善された。
◎グランドの照明を切ったとたん特別教室に網戸がないため虫が殺到して非衛生的で困る。
※ これも学校へ配分されている修繕費で、改善された。
◎△号館の非常階段は、雨が降るとぬれて滑りやすくよく転ぶ。
危険であるので改善して欲しい。
※ 非常階段は、特別に建築上の制約があるので日常的に使われること自体が問題がある、と指摘された。
しかし、継ぎ足し継ぎ足しの校舎建築で非常階段を通らないと次の教室に行くのに間に合わないなどなどの問題があった。
まして、非常災害時に通る階段。滑るようでは困ると言うことで次年度に改善された。
学校から予算要求⇒府教委が学校の予算要求を認めたら京都府に予算要求⇒京都府が認めたなら予算化⇒府教委に通知⇒府教委から学校に通知⇒改善
これは、労働安全衛生対策のはじまりであったが、どれ一つ見ても簡単に解決できるようで、学校事務の担当者や事務部と話し合うと一家庭の一部を修繕するような費用でないことが解った。
また、そのような費用を府教委が理解して、府に予算化してもらい、改善費用が出る事は非常に困難であった。
府教委や府は、新設高校には予算をつぎ込むが、つぎ込んだ後の改善は府費の無駄使いという考えが根本的にあった。
安全対策に真剣な事務職員 意外に無関心な教師
でも、学校事務担当者や事務部は、本当に大切なことだと解るとズーッと覚えていて、すぐには実現できない改善を時間をかけて改善するように努力してくれた。
意外だったのは、改善して欲しい、と言った教師が、改善されたことも知らないで、無反応なことが多くあったことである。
働いていることで健康害するような学校では、いい教育もできないし、いい生徒も育たないだろう
山城貞治(みなさんへの通信41)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その21)
労働者のいのちと権利を守る最前線から労働基準監督官からみた学校現場 講演要旨
悪影響を及ぼすウソの報告の放置
労働基準監督署にウソの報告をしてくる人もいる。
そうなると逆に問題を重くみることになる。
例えば、36協定がない、休憩がないと正直に書いてくれば「ああこれくらいの事業所ならばそうなるかもしれないと」考えることもある。
ところが、それもないのにあります、しています、と書いてくると司法事件、送検を考える。
そういうことを放っておくと他に悪い影響を及ぼす。
労働災害かくしをしたり、死病報告をしてこなかったことが、なにかのことで発覚すると検察庁に書類送検したくなる。
ウソの報告があることに対して労働組合として問題にすることは当然として、京都府人事委員会がどういうつもりなのか、ということが問題になるだろう。
校長は事業者ではない
校長が事業者とするのは校長がかわいそう
超過勤務の問題、有給休暇の取得の問題がある。
サービス残業という実態はあるが、臨時・緊急にやむを得ないということが基本である。
教職員調整手当てという実際に7時間、6時間分で超過勤務がごまかされている問題がある。
そういうことをどう考えるかということが、京都府人事委員会の立ち入り調査結果に表れているのではないだろうか。
衛生管理者や健康診断結果報告が出されていない、安全衛生委員会がつくられていないなどの問題がある。
府立学校の労働安全衛生体制について話が進められているらしいが、校長があまりにも「立派すぎる」ということがあるのではないだろうか。
校長が事業者とされているらしいが、校長は事業者ではない。
例えば学校法人で、理事長が校長でその学校法人がそこしかない場合は、校長は事業者かな、となるかもしれない。
私立以外の公立学校の労働安全衛生法の事業者は
知事や市町村長
一般的に公共団体の責任者である知事や市長村長である。
府立学校の場合は、校長が事業者としても校長がかわいそう。
自ら何もできない人を、事業者にすることは、どこかが切れているような逃げのことがあるように思える。
府立学校では、給食事業場は製造業であり衛生委員会ではなく安全衛生委員会を設置する必要がある。
安全管理者なども必要になる。
健康管理医も労働安全衛生上の産業医であるならば、単なる医者で済ますことはできない。
産業になる場合は、認定産業医になるための講習などがある。産業になるためにはいろんな研修などがあるが、単なる医者では産業医にはなれない。
府立学校労働安全衛生体制について教職員3+αという話しが出ているらしいが、善意でいえば労働者代表ということになるが、少なくとも労働組合の推薦を受けた人でないとダメだ。
労働組合の推薦を受けた人とのそれぞれ半数で安全衛生委員会がつくられなければならない。
労働安全衛生法以前の
医者なし健康診断 事後処理ナシ
さらに、医者による健康診断が行われていない、事後処理が行われていない、ということがあるらしい。
しかし、医師による健康診断が行われていないということは労働安全衛生以前の問題だ。
医療行為をしてはいけない人がしていることになるから。
労働安全衛生法などでは、事後措置は事業者がしなさいということになっている。
事業者が行った時の措置に対して、産業医の意見を聞きなさいということになっている。
事業者と労働者の関係は、使っているものと使われている側という関係になる。
だから、産業医は労働者を使っているわけではない。
だから、産業医が事後措置のアドバイスに留まるというのは当たり前のことになる。
何も考えていないととしか考えようがない
死傷病報告がなされていないこと
京都府人事委員会に死傷病報告がされていない。
京建労では「私傷病報告をしないことは労災隠しである」という訴えの運動をしたことがある。
しかし、報告をしないということは、それ以前の問題がある。
死傷病者が出た場合報告しなければいけない、ということすら知らないのではないか。
こけた、切った、骨が折れたなどのことは、頸肩腕障害などと違って公務災害で争いになるようなことではない。
だから、それを報告しないというのはそんなことを知らないか、何も考えていないととしか考えようがない。
人事委員会を監督する監察官制度があるのか?
次に、京都府人事委員会はネズミゴキブリの指摘をしている。
労働基準監督官をしていて、20年間ネズミゴキブリの問題で違反の指摘をしたことはない。
これらは、発疹チフス、コレラなど大変な病気をまん延させることから労働安全衛生法や労働安全衛生規則で決められてきた。
今日ではそんなことをあまり問題にしない。
京都府人事委員会は、労働基準監督をするだけではなく他の仕事をしているので人数わからなくて大変だなあと思うぐらいである。
府立学校を京都府人事委員会が監督している監察官制度があるのだろうか?
労働省には、監察官制度というのがある。京都労働基準局には監察官が3人いる。
郵政には郵政監察いうのがある。郵政監察で告訴した、ということを聞いたりしたのでは。
司法警察権、監察権というのが郵政にある。
労働省の中には、それと同じ監察官制度というのがある。
それが人事委員会にあるのだろうか?
労働基準監督官と人事委員会が
共同する協定が守られていないのでは
京都労働基準局と京都府人事委員会は、労働基準監督権をめぐって過去何度か協定を結んでいる。
その協定書の中に、場合によっては労働基準監督署の指導と援助を受けるたり調査を依頼することが書かれている。
人事委員会としては、専門的なことは労働基準局に「どうしたらいいのか」「これを調査してほしい」などのことをお願いする協定になっている。
でもそのことが実際に行われているかどうかあまり記憶がない。
かなり昔に、ボイラーなど特定機械の検査で労働基準監督官が行っていたことがあるかもしれない。そういう検査は、人事委員会ができないので共同で労働基準監督官がいくなどのことがあったようである。
是正勧告書・使用停止等命令書が出ると
企業は何とか是正しようと悩むが
人事委員会は指摘だけで改善されるシステムがない
このように考えてくると京都府人事委員会が実施している労働基準法、労働安全衛生法、船員法などの法違反指摘は、指摘だけで改善されないシステムになっているのか、と思ってしまう。
法違反は何度も指摘されているのに改善されていない。
指摘されている側(府立学校)が、学校独自でできるのか、それとも上のレベル(府教委)でないと改善できないのかともかく改善されるシステムがないように思われる。
労働基準監督署が、是正勧告書・使用停止等命令書を出すと企業の場合は自分のところで何とか是正しようと悩む。
生徒数が減ると先生を
解雇するという就業規則を作る動きが私学で
最近私学の学校に監督に行くことは少ないが、昔私学の学校に監督に行くと休憩がない、休日がない、宿直があると。
その理由は生徒指導がある、と言うのが実状だった。
最近、私学の現状はもっとひどい状況になっている。
生徒数の減少ということで、当局は危機意識を持っている。そのため就業規則を変えようとする。
生徒数が減少した場合は、先生を解雇しますという就業規則を作ろうとする動きがあると聞いている。
生徒数が減ると解雇になる、講師が増えて2,3年の有期雇用がすすめられる、そういうことが先取りされてやられている。
そのため私学では、労働時間問題よりも身分の確保の問題が大きい。
労働組合の組織の存亡の危機と労働法制の改悪
大企業は、労働法制の改悪をはじめ21世紀を考えるグローバルな方向を考えそのための準備を着々としている。
ところが日本の労働組合は、イタリアやドイツやフランスの労働組合は…というが、反対方向に行っている気がしてならない。
例えば労働法制の改悪の問題でも、労働者の根幹にかかわることなのに何か無関心である。
もっと大変だ、と思う人がもっともっと出てきてもよかったと思うが。
労働組合にはいろいろの立場があるが労働法制の改悪の問題が、なぜ共通問題にならないのか。
そういう点から考えてみても大企業がいうグローバルの方向と闘おうとしても太刀打ちできないことがあるのではないか。
大企業は本気であるし、本気でやっている。
今は民間の労働組合は、自分のところの最低労働条件を守るので精いっぱい。労働時間、賃金、解雇に追われていて労働組合の様子が見えてこない、そのため労働組合の組織の存亡の問題が生まれている。
労働組合が、自分のところをどうするかというぎりぎりのところに追い込まれている様子がある。
労働組合が自分たちの力で問題を解決するということが、非常に弱まってきている気がする。
いのちと健康に関わる安全対策部門が
ドンドンとリストラされている
労働安全衛生は、高度成長期に非常に注目された。
災害もあった、公害もあった、企業はどうなっているのかというを批判があった。そのため企業は、労働安全衛生のために金をつぎ込んでいた面もあった。
ところが高度成長期に対策が打たれた労働安全衛生は、今日のような状況の場合はまず第一にリストラの対象になる。
リストラといえば首切りが注目されるが、まず企業で安全屋さんと呼ばれる人がいないようにされた。
それまではの企業の労働安全衛生担当者(安全屋さん)が絶えず労働基準監督署にやってきて情報を得ていた。、そういう仕事をしていた人がまずリストラの対象になっていなくなった。
安全衛生課という部署が、どんどん小さくなって何千人の会社でも1人いるか2人いるかという状況になっている。ヒトの面だけではなく、経費の面でも安全衛生が削られている。
建設業では、経費は安くするために安全衛生の面が削られる。
足場を作らない、安全対策をしない、などまず1番先に安全衛生の面が削られている。
安全衛生は命・健康に直接つながって行く。
それを放置していると最低労働条件や労働組合の組織の存亡に連なって行く。
そのことを踏まえて、自分とみんなの命と健康を守る労働安全衛生を考えていかなければ、ケガをして仕事ができないばかりか働く場がなくなってしまうという結果になる。
80年前に決めたILO第1号条約すら批准しない日本
日本の国や大企業は、国際労働基準すら守られない。
80年前に出されたILOの労働時間すら批准できないでいる。
日本の政府は、ILO第1号条約すら批准しないで、第1号条約を引用し変形労働時間を根拠にしている。
しかし、ILO第1号条約の2(b)には「但し、本号に規定する如何なる場合においても1日8時間の制限を超ゆることを1時間より多きことを得ず。」と書かれ9時間しかだめですよとしている。さらに災害や機械などに緊急の処置を行う場合に労働時間の制限を超えても……と限定されている。
ところが日本の変形労働時間制は、9時間と言っているが実際は10時間を超える労働させられている。
80年前にILOが決めた労働時間どころではないのが日本の現状である。日本はILO、国際労働基準を最初から守らない、守れないようになっている。
最低限すら放置していれば もっと悪い状況に
工場などの現場で働いている人は安全衛生ということがよくわかる。
しかし事務職などの仕事に就いている人は安全衛生、どういうことがピンとこない。
工場では、爆発するかもしれない、機械に巻き込まれるかもしれない、ということがあるが事務職などの仕事の場合はそういうことがすぐに起こらない。
労働安全衛生が分からない、知らない、という間に労働条件とともにどんどんレベルが低下させられていっている状況がある。
だから、教職員の場合は京都府人事委員会が指摘している法違反をどうするのか、だれが直すのか、と言っているだけではなく、現実に直していかなければならない。
最低限と言っているのだから。その最低限すら放置していれば、もっとどんどん悪い方向に行く。
労働安全衛生の悪いところは、だれが見てもを直していかなければならない、と思うはず。そこから取り組んでいく。
普段働いているとなかなか労働安全衛生のことをじっくり考えにくい。
先生を見て育った生徒たち
社会人になったとき先生を
労働者のあるべき姿として見るだろうか
教職員は、本当に長時間過密労働している。
休憩も削って生徒と話をする、でも生徒たちはしばらくすると社会人になる。
先生を見て育った生徒たちが、社会人になったとき先生を労働者のあるべき姿として見るだろうか。
生徒がなりたい労働者の姿として先生を見ているかどうか。
先生は一生懸命やっているのがわかるが……。やはり不安がある。
生徒たちは、先生が一生懸命やってくれるのはいいが自分はそこまでやりたくはない、と思っているかもしれない。
「先生休憩やし、その話はあとで」という方が普通の感覚かもしれない。
使命ばかりが先行している教職員の姿は
教職員の状況は、私たち労働基準監督官と同じように使命ばかりが先行しているように思える。
使命感ばかりが先行しやすい職種ではないかと思う。
ものを作るといっても結果はよくわからない。
どこかの大学に入ればその結果はわかるかもしれないが…も教育の結果は見えない。
製造現場では、ひとつのものを作れば見える。ものの結果が見えない中で、使命感ばかり…そんな状況の中で働いている先生を見た生徒たちは将来どんな労働者になるのだろうか、と不安になる。
自分たちが働けないような、働いていることで健康害するような学校では、いい教育もできないし、いい生徒も育たないだろう。
私たちも同じような状況の中で、労働行政に携わっているので話した。
( 完 )
いのちがけで労働者のいのちと権利を守る労働基準監督官
山城貞治(みなさんへの通信40)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その20)
労働者のいのちと権利を守る最前線から労働基準監督官
からみた学校現場 講演要旨
ILO81号条約の労働監督の第12条では、労働監督官の権限が書かれている。立ち入り検査、調査、検査又は尋問、物品の収去。
労働基準監督官の権限
立ち入り検査、調査、検査又は尋問、物品の収去とは
立ち入り検査は、労働基準監督が工場に行って、「今日は、これこれのことでしたんですが」と訪れる。
「健康診断はやっている」「ちょっとその個人票を見せてください。」などと調査は尋問する。
書類の提出、収去は、問題のある書類などを持って帰ること。
ILO 81号条約の第13条には、強制措置をつかさどるとなっている。
そして命令の権限があるとなっている。
第16条では、「事業場に対しては、関係法規の実効的な適用の確保に必要である限りひんぱん且つ完全に監督を実施しなければならない。」となっている。
法規に違反するものは
事前の警告なしにすみやかに司法上の手続き
日本の労働基準監督官は、人数が少なく頻繁に事業場に行けない。
第17条では、「労働基準監督官によって実施を確保されるべき法規に違反し、またはこれを順守することを怠る者は、事前の警告なしにすみやかに司法上の手続きにされる。」となっている。
これが司法警察の役割。
第27条では、「労働監督が実施を確保すべき仲裁裁定及び労働協約を含むものとする。」と書かれているが、外国の労働監督官は中央労委・地労委の役割をしている場合がある。
単なる監督だけではなくて、労働者と使用者の間に立って話をつける。
そういうことができる労働監督官の制度が外国にはある。
以上のようにILO81号条約に基づいて日本の労働監督制度がある。
労働基準監督官は、事業場・寄宿舎その他の付属建設物に
臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、
又は使用者もしくは労働者に対して尋問を行う
日本の労働基準法では、第11章で監督機関が書かれている。
その第101条では
「 労働基準監督官は、事業場・寄宿舎その他の付属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者もしくは労働者に対して尋問を行うことができる。」
などの労働基準監督官のの権限が明らかにされている。
さらに、監督機関に対する申告ということが書かれている。
第104条には報告等ということが書かれている。
労働安全衛生法では第100条。
京都府人事委員会に各学校現場が、健康診断の結果を報告していない、災害報告がされていない、ということがあるが労働基準法や労働安全衛生法では報告をしなさいということが明らかにされている。
定期監督、災害時監督、申告監督、災害調査、再監督、調査、許認可、司法、集団指導投入を主な仕事を労働基準監督として行っている。
連絡もなしに飛び込みで事業所を訪れるのが「定期監督」
定期監督とは、労働基準監督署が一定の問題意識を持って「こういうところを監督しよう。」と考えて、12月から準備をし4月から監督を行う。
こういう決められた計画的な監督を定期監督という。
定期監督はありとあらゆる業種に行く。
建設現場、大企業、何千人というを大きな会社、小さいところは場合によって監督署に呼ぶ。いろんな方法がある。
京都には2,000人ぐらい働く人がいる事業所がある。
そういうところは6人の労働基準監督官が行く場合があるが、ほとんどの場合1人の労働基準監督官が事業所を訪れる。
連絡もなしに飛び込みで事業所を訪れる。
そうすると守衛さんが「どなたですか」と聞く。
「監督署です」「約束をされていますか」「約束はしていません」
そこから始まって、総務課に行ったりして、定期監督が行われる。
京都府人事委員会のように1カ月前に府立校などに連絡するようなことはしない。
突然行くのが定期監査。
「 今度1カ月後に行きますから書類を作りなさい。」そんなことは言わない。 だから、定期監督に行くと事業所の部屋の中は書類でごちゃごちゃになっている。
たまたま行くことが分かっていると事業所は大変きれいになっている場合がある。
みんなは仕事をしているのにうかがピカピカ。
ある企業では労働者から「掃除をするのが大変や~」という苦情があった。
それほど監督は企業にとって大変なことなのだ。
「労働時間の違反があります。」「有給休暇がとれません。」に対する申告監督
申告監督とは、
監督署に
「労働時間の違反があります。」
「有給休暇がとれません。」
などの相談がある。電話で1月300件以上の申告がある。
「電話ではとても話してよういられないので、労働基準監督署に来てほしい。」ということになるが、実際に労働基準監督署に来られるのは1月30件ぐらいになる。
そこで調査に出ると、暴力団関係の人が出てくる場合がある。
119の連絡と
同時に災害の発生状況を見に行くのが労働基準監督官
災害時、監督は、災害があったときにその災害の発生状況を見に行く。
首が飛んでいたり、手足がとれていたり、血が流れていたりする。
エレベーターに首がはさまれて死んでいた災害現場に行ったとき、首がエレベーターの上に乗っていたという場合もあった。
救急車は人が死んでいる場合は、そのままにしてすぐ帰る。
現場検証。 田舎にいくほど労働基準監督官が行くのが早い。
119番があるとすぐ労働基準監督署に「只今は労災事故発生。」と連絡が入る。
警察も消防署も早く労災事故のことを知らせてくれる。
だから事故現場で死体を見る場合が多い。
京都のような大都会になるとそういうことはない。
災害時監督をしていると、労働基準監督官自身が死にそうになる場合もある。
それは、高いところの労働災害を調査していると、もともと危険な場所ー手すりがない、安全装置がされていないーで、調査をする。
そのため何度も落ちそうになったことがある。
労働基準監督官の出す
是正勧告書、使用停止等命令書、指導書
以上のような監督を行った場合、是正勧告書、使用停止等命令書、指導書などを出す。
是正勧告書は、こういう違反があるから改めなさい。 使用停止等命令書は、ILOの命令ができるということに基づいて使用を中止しなさい、作業中止しなさい、と指導をする。 そこまで行かない場合は、指導票で指導する。
京都府人事委員会の書類を見ると、労働基準監督署と近いような書類を使っている。
「最低賃金が払えないから」などの 調査、許認可制度
次に調査、許認可制度があります。
大きな賃金不払いがあった場合、会社が支払われない場合に「賃金立て替え払い制度」という国の制度がある。そういうことを調査する。
また教職員に大きな関係がある、
宿日直、一斉休憩、解雇予告除外認定、最低賃金適用除外などの許認可がある。
現業職の場合は、解雇予告除外認定も関係してくる。
最低賃金適用除外などの場合は、養護学校の生徒たちが事業所に働きに行く段階で、職安を通じるけれども「最低賃金が払えないから」というお話しが出てくる。
そういうことなどを労働基準監督署が調査・許認可する。
集団指導は、企業や労働組合の幹部が集まっているところで労働基準法や労働安全衛生法の話をすること。
労働基準監督官は、一般の人が知らない労働監督のいろいろなことを経験しているがそれを感じなくなってしまっている傾向がある。
人事委員会への調査・事業場調査台帳などのウソは犯罪
学校現場の状況については、京都府人事委員会が府立学校に立ち入り調査をした結果「指摘事項」を府教委が明らかにしたものを見た。
またそれをまとめた府高労働安全衛生対策委員会の資料も読んだ。
36協定、休憩の問題、衛生管理者、健康診断を報告、安全衛生委員会の問題、傷病報告、ネズミ・昆虫の駆除の順番で京都府人事委員会からの違反指摘事項が多い。
36協定がない、休憩がない、休憩の自由を利用ができない、これらのことは教育現場にあることは聞いていた。
昼休みにも指導がある、いつ休憩かわからない、などのことは聞いていた。 そういう中で京都府人事委員会の調査、毎年の事業場調査台帳などにウソが書かれているらしいと聞いた。
信じられない見てもわかるようなウソを書くこと
自主点検という仕事のやり方がある。
まさに自分で点検するというやり方である。
全部の事業場を回れないのであるところを選んで「あんたとこどんな状況か調べて出して」と点検するやり方である。
その方法と京都府人事委員会がやっていることとほぼ変わらないと思う。
労働基準監督が見てみれば、ウソを書いているか、ホントの事を書いているか分かる。
京都府人事委員会がどう考えているか分からないが。普通は、ウソかホントかすぐわかる。
京都法人委員会の事業場調査は、労働基準法に基づいて行っているのではないだろうか。
そうなると、虚偽の報告をすると犯罪になる。
労働基準または労働監督制度を維持するためにウソを言うとそれが罪になる。
だからウソを書くこと自身が信じられない。
だれが見てもわかるようなウソを書くことは信じられない。(つづく)
2011年7月13日水曜日
生徒の労災認定続出 労働基準監督官から学ぼう
山城貞治(みなさんへの通信39)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その19)
(8)公務災害を取り扱う、地方公務員災害補償基金京都府支部などの諸制度を基本的に改善させる。 と言う項目に労災補償・労災保険の事が書かれていなかった事は重大な問題であったと反省している。
公務災害と労災の範囲がおかしいと疑問を抱いて
1997年前に、労働安全衛生政策を作成したのだが、非常勤・常勤的非常勤(いろいろな名称が次から次と作られる教育現場)で、学校事務担当者や校長・事務部長などに「非常勤の教職員の労災補償はどのようになるのか。」と聞いたところ、
「すべて公務災害補償の範囲」
と答えられ、週数時間しか来ない時間講師宛の府教委のマニュアルにも、「公務災害が適用されます。」と書いてあった。
それでも、府高労働安全衛生委員は、自分の学校の管轄下にある労働基準監督署に行って
「週数時間しか来ていただいていない臨時教職員のために労災保険が適用なっているのではないですか。」
と聞いて見た。
すると
「管轄下の私学などは届けと事業場として書かれていますが、府立学校はありませんね。」
と言われたので、府立学校の臨時教職員もすべて「公務災害適用」と思い込んだ弱さがあった。
「そんなことはないでしょう」「何を言っているの」
しかし、地方公務員災害補償基金京都府支部などの適用範囲など調べるうちに週日数と一日の労働時間数によって、公務災害適用範囲にならないことが解ってきた。
府立学校の臨時教職員は、一校にで働くより数校掛け持ちで働く場合が多い。その場合、「どうなるのか」と「基金」側に詰め寄った。
しかし、彼らは「そんなことはないでしょう」と言い、「何を言っているの」「そんなことが多いから聞いているのではないか。」となってしまった。
授業で労災保険制度を教えると 続々と相談 労災認定
そんなことがあり、すでに述べてきた府高委員長と労働安全衛生委員が京都労働局に行って、調べて、府・府教委とのあいだで「予想臨時労災保険料」・「年度末報告による労災保険料の増減で決算。」と言う不合理を知った。
府高委員長と労働安全衛生委員も反省し、その改善に取り組んだが、府・府教委とのあいだで「予想臨時労災保険料」・「年度末報告による労災保険料の増減で決算。」と言うなら、労災認定請求の窓口になる労働基準監督署がそのことを知らないというのもおかしなことになる。
でも、府高としては、府高の職場には公務災害補償・労災補償の対象となる人が居る事を視野に置かなければならないということになった。
そのため府高委員長は特に退任後労災保険制度を学習し、労働安全衛生委員は生徒のバイト、パートの労災適用に取り組んだ。
ほんまや 先生の言うとうりや 労災認定された
ある高校では、授業で労災保険制度を教え、生徒に申請の仕方、認定・不認定の問題。認定後の問題を具体的に個別に取り組んだ。
するとコンビニ等で働いている生徒の十数人が労災を認定されるなどことがあった。
「先生、ほんまやな。通勤災害認められたわ。」
「交通事件保険と通勤災害補償とどちらか選べ、と言われたけど、どう違うの。」
「衛生のため手袋はめて、と言われてはめたら、手がこんなぶつぶつ変な色になった。なんでや。
これも労災になるの。」
「食材を切る機械で、腕切れたけどこれも労災?」
「バイト先のおばちゃんが、ベルトコンベアーに挟まれてレスキュー隊来て やめさせられたけど、
これ労災になるのでは。
でも、労災になったらやめさせられるの。」
「ほんまや。先生の言うとうりや。労災認定された。友達にも教えるわ。」
次から次へと相談があり、労働安全衛生委員は、その都度労災保険制度を学習したり、労働基準監督署に生徒と一緒に労災申請に行くことが増えた。
府高委員長から、公務災害ばかりだったので、労働基準監督官に来てもらい「学習会」をしようと言うことになった。
その時、京都のある労働基準官が講演してくれた。それを再録させていただく。
労働者のいのちと権利を守る最前線から労働基準監督官からみた学校現場 講演要旨
労働基準監督署は、全国に345(注:当時)ある。
京都には、上・下・南・福知山・舞鶴・丹後・園部労働基準監督署の7署がある。
世界的には「労働基準監督」とは言ないで、「労働監督」といわれている。
人として値するを生活が保障されるようにしなければ
労働基準は、憲法に基づいている。労働基準法第1条では、「人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」となっている。
最低基準であるとされている。
最近の労働法制の大改悪でこのことが悪くされている。
基本的に大事なことが労働基準法第1条には書いてある。
過労死とか職業病が生まれるような労働ではなく、人として値するを生活が保障されるようにしなければならないと書かれている。
労働安全とか労働安全衛生を考える場合は、どうしても職業病の問題を考えたり労働災害の問題を考える。
しかし、その問題だけに根本的なことを目を向けているいては最低限の適用でない。
当局が認める場合は メンツがあるから
労働災害や公務災害を当局が認める場合は、労働安全衛生に問題があったというよりも、メンツがあるから認めないということが多い。
しかし、そのことに目が奪われて労働安全の問題を抜きにして、労働災害や公務災害の認定を追及していると、個人の責任やメンツの問題にすり替えられてしまう。
職業病の認定や労働災害の闘いは重要であるけれども、本来の労働安全衛生は人間らしくを働ける、そういうことだと思う。
ところが最近は人間らしく働けるということがどんどんどんどんレベル低下させられている。
なにが人間らしいか分からない、なんとか生きているをそういう状況に甘んじている傾向がある。
そういう傾向にさせられている。
その点から考えて、人間らしく生きる労働とは何かを労働安全衛生の立場から考えてみる必要があるだろうと思う。
私たち労働基準監督官は 労働警察である
私たち労働基準監督官は、司法警察の役割がある。
すなわち、労働警察である。
司法警察は、消防、営林署のある人は、司法警察の役割を持っている。
海上保安官・郵政の関係は、特殊な司法権を持っている。
それは、一般の警察では専門性がありすぎるので難しいだろうということで出来ている制度である。
特別司法警察にたいして、警察官は一般司法警察という言い方をしている。
罰則がある、というその圧力によって違反行為を防止する
通常労働基準監督官は監督という仕事をしている。行政的監督として、ILO81号条約で決められている。
ところがそれを守らなかったがどうなるんだ、ということがある。
労働基準法の中ではお互いが納得さえすればいい。
どんな悪辣な労働条件でもお互いが納得すればいい。
そのようになっている。
そんな労働条件でも履行しない使用者がいたとすると、労働基準法では、司法的な救済をするようになっている。
罰則がある、というその圧力によって違反行為を防止するして、やめさせる、それが行政的監督。
私たち労働基準監督官は、なぜこれが違反なのか、直しなさい、根本的な話を事業主に対して話をする。
事業主から「(法違反)を直さないとどうなるか」と聞かれることもある。なかなか直してもらえないこともある。
司法と行政的監督が、私たち労働基準監督官の仕事です。
ILOの監督官数配置すら 反している日本政府
ILOの各条約は、日本はほとんど批准していないが、81条約(工業及び商業における労働監督に関する条約)は、批准している。
このILO81号条約の第3条には、労働監督の制度の機能は、次のとおりとする、として、a,労働条件……b、法規を遵守する最も実効的な方法に関し……と労働監督はこういう機能をすることが労働監督である、ということを書いている。
第10条では、労働監督官の数は……と書かれている。
日本では、労働基準監督官の数が大変少ないということがありるが、ILOでは監督官の数は「任務の実効的な追考を確保するために充分なものでなければならず」と明確。 ( つづく )
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