2011年6月8日水曜日

京都府立高等学校教職員組合(京都府高)の労働安全衛生の取り組み



 「教育と労働安全衛生と福祉の事実」に山城貞治さんから、京都府立高等学校教職員組合(略称京都府高というらしいです。)が労働安全衛生に取り組んだこと。その当時公表できなかったことを知っていただいて、教育と労働安全衛生を考える糧にしていただきたいという連絡をいただいた。
 検討した結果、山城貞治さんの名前を記載して書いていただくことになった。

                    山城貞治( みなさんへの通信 1 )

 京都府立高等学校教職員組合(略称京都府高)労働安全衛生対策委員会の機関紙「教職員のためのいのちと健康と労働2000年4月)に労働安全衛生研究者の細川汀先生が書かれたことから、まずお読みください。
    
内藤先生の過労死京都地裁判決を読んで     細川汀

 1998年度に精神性疾患が原因で休職した公立学校の教師は1707人で、過去最も多かった。

職員諸兄、学校がもう砂漠のなかに果てますぞ

 今年の日教組の研究集会でも多忙な教員生活でうつ状態におちいり、昨年10月から3ヵ月の病休をとった女性教師(44才)の体験が報告された。
 中学3年担任だった彼女はストレスで6月ごろから生理が止まった。
くすりでごまかしながら学校を続けたものの、9月には生活指導や体育祭の準備が重なり、うつ状態におちいった。
 「やらなければいけない」という気持ちばかり先走り、同じ時間でも一割か二割程度しか仕事がこなせなかったが、それでも生徒との信頼や保護者からの批判を思い、他の先生へのしわよせを考えると休みにくかった。
 そのことから、彼女は病休者の代替制度や悩みを話せる職場づくりがなければ、自分の身体を守りよい教育を続けることはできなかったと訴えた(毎日新聞1/31)。
 こういう事例はいまどこでも起こっているし、また起こっても不思議ではない。
 宮沢賢治がうたった「職員諸兄、学校がもう砂漠のなかに果てますぞ」(『氷室の冗談」の一節)そのまま。
 学校にかってあったゆとりや、うるおいが失われているのである。

17の校務分掌・育友会の庶務やスポーツ教室

 1989年2月過労の末自宅で心不全を起こして死亡された内藤先生(当時39才)の場合、2年生の学級担任のほか、教務・同和教育・体育・学校行事・調査統計の主任など、合計17公務を担当していた。そのうえ育友会の庶務やスポーツ教室のサッカーの指導もしていた。
 学校や地域の行事が多く、そのつど計画、役割分担、意見調整のしごとの責任がかかってきたし、校内資料作成の複雑なしごともあった。経験の乏しい若い先生が多く、彼らへの指導や助言もかなり負担になった。
 とくに行事の多い秋から年度末にかけては、自宅に仕事を持ち帰って連日数時間机に向かっていたと家族は証言している。
 88年度は、この学校が自主研究の発表校だったので、さらに責任が重なった。

叱咤激励するだけの校長の下で

 しかし、小規模校のせいや若い先生の多いこともあって職場での支援が少なく校長は「虎穴に入らずんば虎児をえず」などと叱咤激励するばかりだった。

壁にもたれて「ああしんど」は生命の危機

 内藤先生はカゼを引いても休むわけに行かない、胃腸がわるくても医師にかかれない。無理をして出勤しているうちに、職員室の壁にもたれて「ああしんど」というようになっていた。
 この状態は疲憊(ひはい)と呼ばれ、生命の危機・破綻(たん)のSOSと考えれれているが、学校長はその信号を正しく受けとめなかった。
 彼は教員の安全と健康保持の義務という法的・社会的・教育的責任を放棄していたと言えよう。
 去る1月28目の京都地裁判決が、「多忙な職務による疲労・ストレスが原因である」と明快に判断したのは当然である。 (以下「判決」)

京都府公務災害支払基金(支払基金)は
どこの学校と比べても変りがない、と

 誰が見ても明白なこの事実が10年もかかって裁定されて、しかもまだ京都府基金は認めようとしないのか。
 一貫して内藤先生の死を公務外とする基金側の主張の理由というものの中味は次の通りであった。

(1)とくに帰宅時間がおそいわけでもなく、睡眠時間も短くない。死亡直前にもそれほど異常な出来事はなかった。
(2)職務はどこの学校と比べても変りがなく、小さい学校では17校務はふつうである。
(3)ベテランの先生なら、このくらいのしごとはらくに行える。
(4)持ちかえりの仕事は、本人が勝手にやっていることであり、校長では何時間しているか分らない。
(5)「ああしんど」というのは、本人の口ぐせである。もし疲れていたとしても、それは父親の病気や子どもの世話であろう。
(6)本人の死は過労による心臓死ではなく、ポックリ病である。
 基金の公災認定についての姿勢は、きわめて硬直・機械的である。

働く人たちの声
健康や生活の訴えなど
事実調査・検討もしない

 彼らは職場の状況、仕事の実態、そこで働く人たちの声、健康や生活についての訴えなど、事実にあたって調査をしたり検討したりしない。
 その分野での専門家・研究者の業績にも学ぼうとしない。
 認定の仕組みの非民主的なこととあいまって、認定作業の中で労働組合・支援者・同僚・主治医の意見もまともに聞こうとしない。
 そのうえ、国際的水準はもちろん、わが国の労(公)災法や夫々の認定基準についての理解も歪曲されていることが多い。このために、被災労働者(家族)は民間に比べても著しく不当な裁定を受けてきた。

起こるはずがないと決めつける

 たとえば、保育所保母の頸肩腕障害の認定について基金は一貫してその発生を否定してきた。
 そういうものは起こるはずがないと言うのである。
 そして、政府が認めた設置基準以下でないからとか、認定基準に職種明記がされていないからとか、という理由をあげた。
 裁判でもこれらのほか、本人の出産や家庭、体質や老化、他の疾病(異常)の存在、などをあげて業務外と主張した。
 政府が保育の仕事で発症することを認め、認定基準を改正した後の裁判でも、基金はまだその崩壊した「理論」をくりかえしている。
 教師の過労死についても、基金は教師に過労死が起こるはずがない、という姿勢を取り続けた。
 これまでの多くの認定や裁判での基金側の主張はすべて

①帰る時刻が毎晩定時より3~4時間遅くなければ過重とは言えない。持ちかえり仕事や家庭訪間の時間は校長の管理下でないから、どこまで仕事なのか分からない。

②職務分掌は学校規模によって異なるが、15~20ぐらいあるのが普通である。主任の数がいくらまでが妥当かはいちがいに言えない。

③学校の先生であれば、運動会・文化祭のような行事、体育競技や合宿、遠足や修学旅行など、研究発表や未経験者にたいする指導など、楽にこなすのが普通である。

④先生である以上、教育上の責任から少々の疲労蓄積やからだの不調ぐらいで早退や欠勤をされては困る。夏休みや春休みがあるから権利として認められている諸休日も勝手に取らないでほしい。

⑤先生である以上、学校内はもちろん、学校外で問題、たとえば交通事故など起こしてこういうことによるストレスや疲労は本人の責任である。

というものであった。
 このように、教師に課せられた責任は過大であると言わざるをえない。
 最近の「授業崩壊」の原因についても、文部省の調査結果は教師の70%、家庭30%と言うものであり、育友会調査の教師10%とは大きく外れたものであった。

2011年6月6日月曜日

教育と労働安全衛生と福祉の事実: 野口法子氏の虚言と「学齢期の学力を考える学習会」へ事実の訂正

教育と労働安全衛生と福祉の事実: 野口法子氏の虚言と「学齢期の学力を考える学習会」へ事実の訂正

滋賀大学教育学部窪島務氏へのエピローグ     言うは易く行うは難し



 子どもの生き生きした姿がない

 教育実践と言いながら、窪島氏の文章には、子どもたちとの生き生きとした具体的な取り組みは書かれていない。
 注意して読むと、少しばかりの具体的例は、「滋賀大キッズカレッジでは、」と書かれていることから、彼が実践して得た教訓でないことが窺える。なぜ、彼は自分自身が実践した事を書けないのだろうか。他の人が実践した事を例に挙げるのだろうか。大いなる疑問がある。

 「立命館大学研究シリーズ ヒューマンサービスリサーチ」
「読み書き障害の新しい概念と滋賀大キッズカレッジの教育的指導─発達主体の定位と「障害」の位置づけを中心に─」(2008年6月)で、
窪島氏は次のように述べている。

 雪という字を書いてもらうと、
「“ゆき”知ってる。“雨”に“ヨ”やろ」
(4年男)として、頑張っても失敗してしまう、一生懸命直そうとして、先ほどの例のように、
「ここ『ヨ』やな」
と言いながら1本多くなってしまうというふうなエラー、間違いが起きてくるところです。
 それは、その子ども自身が主体的にその自分の弱さ、記憶の悪さなどに対応しようとして、必死になって機械的な記憶にたよっている姿です。
 そのことによってLD症状が強化されてしまうのです。
 LD指導がLDをつくるということが英語圏では時々いわれますが、そういうことが起きている可能性があるということを理解しておくことが重要です。

問いかけて やらして 何もしない

 この文面はさらっと流してしまいがちであるが、「雪をかいてもらおうとした」という文章が、前文にある。
 すなわち、

「雪をかいて」
と言ったのは窪島氏であると読み取れる。(彼は誰かの話を又聞きして述べている可能性もあるが。)
と「LDの子ども」は、
「“ゆき”知ってる。“雨”に“ヨ”やろ」
と言って書いた。
するとその子は、
「ここ『ヨ』やな」
と言いながら1本多くなってしまった。
 それを窪島氏は、「エラー、間違い」が起きて、としてLDの子どものことを書いている。
 だが、たのんだ人間が、
「“ゆき”知ってる。“雨”に“ヨ”やろ」「ここ『ヨ』やな」
とたのまれたことに応えた子どもが「「エラー、間違い」と断定する前にすべきことがある。

子どもとコミュニケーションしないで憶測

 その子どもどのような話をしたのかである。
 が、そのことはまったく書かれていない。コミュニケーションしていないようである。
 その子自身が書いた文字に対して、その子自身がどのように「認識」(「認知)しているのか確かめようとしないで、窪島氏は断定している。
「ありがとう」
「書けたね」か「その字はどう、思っているとおりに書けた?」などなどその子と話して、その子は「ヨと書いた」と言い切っているのか。
 「ヨが書けてないのかな」「これ間違っている?」と言ったのか、などなど。
状況と子どもの様子によるが、子どもとのコミュニケーションを通して知ろうとしないで、
「その子ども自身が主体的にその自分の弱さ、記憶の悪さなどに対応しようとして、必死になって機械的な記憶にたよっている姿」
と断定する。
 子どもとコミュニケーションしないで、断定するのは、問いかけた人に、子どもが「必死になつて応えている」ことに対して大変失礼な行為であり、非教育的ではないか。ここには、教育者としての姿は見られない。

子どもの問いかけは たんなる資料づくりのため
 子どものための研究はドコニ見られるの

 むしろこの子は、こうなんだという先入観の元にわざわざ書かせて、自分たちの書きの「エラー、間違い」の資料づくり(写真に撮り、発表するための)のために問いかけたにすぎないと言われても否定できない記述である。
 問いかけられたことに素直の応じた子どもが、書いた結果に何も言いわれないことは、子どもに不安感を抱かせる、という教育上の配慮がここにはない。
 窪島氏の言う「不安感」や「安心感」は通常考えられるものではなく、彼の思考回路にあるらしい。
 さらに、「問い」に対して「応じた」子どもに対して「何も言わない」し、なんのアクションも起こさないとなられば、窪島氏は、子どもたちを実験の対象としてしか見ていないことになる。
 この非情な報告は、
行間を読みとらないと浮き上がってこない。でも、そう読める。

  だから窪島氏は、子どもたちに対する指導によって子どもたちが何を獲得できるように取り組んでいるのかという目標がまったくなく、窪島氏らを信じて、頼って、たどり着いた親や子どもたちにだだ期待を持たすだけ。
 文字を知ることで、喜びとなる生き生きとした子どもの姿を、窪島氏は捉えようとしないと考えられるのである。


LD、ADHD、PDDなど複合する障害を避ける

 さらに彼は、

最初に発達障害と読み書き障害の関係について見ておきます。
LD(学習障害)は単独で成立するということももちろんあるわけですが、実はADHD、PDDあるいは発達性の協調運動障害などと併存する傾向があります。
 これらは学習障害をあわせもつ可能性が非常に高いといえます。
 その併存の可能性は3割から8割といわれています。
確定的ではないのですが、いずれにしても重なる場合が非常に多いといわれています。
 重なった場合、それぞれの発達障害にとっても、あるいは学習(読み書き)障害にとっても、大きな困難がでてきます。

としながら、「LD(学習障害)は単独で成立するということももちろんあるわけですが、実はADHD、PDDあるいは発達性の協調運動障害などと併存する傾向」に対することは、ふれようともしないのである。
  「重なった場合、それぞれの発達障害にとっても、あるいは学習(読み書き)障害にとっても、大きな困難がでて」くるから、彼はそれを回避して、細分化したある限られた部分について「少しのべ」それをあたかも全体であるかのように述べている。

4年後に肯定から否定に転化する学校で出来ない主張

さらに窪島氏は、

 私たちのところでは、現在30数人の子どもたちに対して1対1で、月数回の指導をしております。
 学校では、このようにはできません。
 学校に対しては、私たちのところと同じやり方でやれるとは考えていません。
 学校には学校独自の対応の仕方があります。
 例えば、視覚的な刺激が混乱を巻き起こしてしまうような子どもたちの場合には、耳で聞いてあげれば十分理解ができます。
 先生の話していることが十分理解ができる子どもの場合には、字は見なくてもよい、書かなくてもよい、ノートをとらなくてもよい、先生の話に耳で集中して理解をすることに集中させる、このことを重視します。
 このような対応をしてもらっている子どもが何人かいます。
 しかし、それだけでは十分ではありませんが、少なくとも子どもがしんどい思いをしなくてすむ、学習理解においてもそれなりの理解がすすむ状況をつくりだす必要があります。

と述べている。
ところが、4年後には、すでに「少人数学級は生徒・教師を息苦しくさせるか 滋賀大学教育学部窪島務氏への疑問(9)」で述べた「日本教育学会誌『教育学研究第69巻第4号』(2002年12月季刊)の「LD・読み書き障害の発達的理解・アセスメント及び指導法の探求」では、

  少人数学級はこれまでの日本の学校の教育観と矛盾を呈することになる可能性さえ有している。
 旧態依然とした関係で子どもに臨むならば,子どもだけでなく教師もともに一層息苦しくなるであろう。
 少人数学級への懸念として,学級集団と学習集団がことなることを理由にその教育的意味に疑問が呈されることがある。
 6歳の子どもの有する柔軟性は学級集団と学習集団を交代する程度の変化には十分対応可能である。
 根本的問題は,その際の指導のあり方や日常の学習指導における子どもとの関係の取り方にある。

「現在30数人の子どもたちに対して1対1で、月数回の指導をしております。学校では、このようにはできません。学校に対しては、私たちのところと同じやり方でやれるとは考えていません。学校には学校独自の対応の仕方があります。」を否定して、「根本的問題は、その際の指導のあり方や日常の学習指導における子どもとの関係の取り方」と根拠も研究的もしないで断じているのである。


ヴィゴッキーの
「すべてを同じ尺度で計ることは、教育学の最大の誤解である」を意図的に外す

 彼は、「ヴィゴッキー心理学論集」の

 教育者には二つの課題が立てられる。
 第一に、すべての生徒について、すべての特質の個別的研究をおこなうこと、
 第二に、それぞれの生徒に対するすべての教育方法および社会的環境の影響の個別的適用を 
 はかることである。

を思考しながら書いていることが充分予測できるが、窪島務氏は、次の部分が理解できないでいる。
 すなわち

 すべてを同じ尺度で計ることは、教育学の最大の誤解である。
 教育学の基本的前提として個別化の要求 ー すなわち、すべての生徒に対し個別的目的を意識的に正確に定義することである。

失わた高等教育は真理の追究の過程に触れる

窪島氏には、

「真理の追究こそが近現代の大学の目的である。高等教育は、真理の追究の過程に触れることによって成り立つ。
 そして真理の追究のひとつに、社会の病理を研究し、虚偽を批判する仕事がある。これは近現代の大学が持つ最も重要な機能である。政治や経済や教育が、時の政治権力によって誤った一方向に流れるとき、その歪みを映す鏡の役割が大学に求められている。」


という高等教育の原則は存在していない。

学校へ入ったら、字、書けるようになるんけ?
学校出たら、仕事して働けるようになるんけ?


 A大学教育学部教授は、次のようなことを公表している。

 1960年代から70年代の京都の障害児教育について聞き取りをしている。
その中で、興味深い話や資料を聞かせていただいたり、見せていただいている。

○ Mさんは、知恵おくれのS君の将来の道すじを求めて、いろんな集会にさんかしてきました。
 数年まえ、ある集会に参加したMさんは、助言者である某先生の「過保護・溺愛」ということばに、思わず発言しました。
 「私は、こんなおおぜいの人の前で、何もよう言いませんが、このことだけは言わしてください。先生は『過保護・過保護』とがんばりますけど、私は好きで過保護しているとちがいます。
『獅子は千尋の谷に我が子を落とす』
といいます。
 私かて、あの子をそうして鍛えたいと思います。
そやけど、あの子を突き落としたら死んでしまいますがな。
 今の日本では、だれも、政府も、それを受けてとめてくれません。
 下に網でも張って受けとめてくれる世の中やったら、私かてあの子を突き落としても心配はしません。」このMさんの発言を会場はじっとかみしめました。

○ S君はまもなく18才。
 今まで学校へも入れてもらえず、W学園もまもなく退所しなければならなくなりました。
 Mさんも養護学校づくりや授産所づくりの運動に参加してきましたが、いよいよ与謝の海養護学校の開設も近づき、S君が初めてはいれる学校になりそうだと、息子さんに話しました。
「学校へ入ったら、字、書けるようになるんけ?学校出たら、仕事して働けるようになるんけ?」
と希望に燃えたS君は、“学校にはいれる”ときいたことから、字の練習に一生懸命になりました。
 そしてまた、
「働いて、お金ためて、大好きなH先生にプレゼントをしたいんや」
と、かあさんに相談をもちかけました。
「ステレオあげるんやったらそんなお金貯めるまでに、先生は70すぎになってしまうで」
「そうか、そんなら先生死んでしもてるかもしらんな、そしたら先生のお墓にかざって、それから学園へ寄附するわ」
 S君はH先生に同じ話をもちかけました。


 「かあちゃん、先生なア、ぼくがステレオお墓にかざったら、『先生のお墓、ガタガタゆれて喜ぶわ』言わはった。」と。
 このS君の豊かな発達を、いっそう保障するためにと、Mさんの確信と決意は強まっていきました。

40年以上前の教訓はどこに

 今から40年以上前の話。
 「学校へ入ったら、字、書けるようになるんけ?学校出たら、仕事して働けるようになるんけ?」と希望に燃えた18歳のS君が、「学校にはいれる」ときいたことから、字の練習に一生懸命になりった。
 字が書ける喜び、学ぶ喜び。
 18歳は、児童福祉施設の収容期限。
 もう終わり。行くところがない。
 この時に入学。
 この学校が京都府立与謝の海養護学校だった。


18歳の入学おめでとう

 窪島氏は、与謝の海養護学校をよくよく知っていいる。
 でも、その教育内容を理解していない。
 ましてや、18歳になって、字を覚えようとする気持ちと努力を自らの教育学に教訓化していないことが明白になった。

  窪島務氏に捧げる 

 最後に次の一文を窪島務氏に捧げる。

 学術を研精するの外、尚言行に意を用いて病者に信任せられんことを求むべし。
 然りといへども、時様の服飾を用ひ、詭誕の奇説を唱へて、聞達を求むるは大に恥るところなり。


                     緒方洪庵抄訳扶氏医戒より

2011年6月4日土曜日

滋賀大学教育学部窪島務氏へのエピローグ    誠実に教育をもとめる人々を翻弄してはならない






公表し 取り組まない
LD学校、ADHD学校、アスペルガー学校づくり


 窪島氏は、NPO法人滋賀大キッズカレッジのことを次のように書いている。

  フライエはドイツ語で「自由」を意味します。
 キッズ・フライエ・シューレは、一人ひとりの子どもが様々な制約を打ち破り自己の可能性を全面的に実現して「発達的自由」を獲得することを援助する「学校」を意味しています。
 滋賀大キッズカレッジは、欧米にあるようなLD学校、ADHD学校、アスペルガー学校が今すぐにでも必要と考えています。
 将来も見越して、これまでの「学習室」をキッズ・フライエ・シューレ(キッズ自由学校)と呼び、将来への夢と希望を形にしていきたいと考えました。
 キッズ・フライエ・シューレのもう一つの目的は、学校で大きな困難をかかえ学校嫌いや不登校になっている子どもたちに在籍学校と連携しながら「もう一つの学校」を提供することです。

行動しない 今すぐ必要 待ったなし

 すなわち、彼は普通校や普通学級の教師の責任や無理解を問題にしながら、内実は、「LD学校、ADHD学校、アスペルガー学校が今すぐにでも必要」と考えているのである。
 では、彼は親や教師たちにLD学校、ADHD学校、アスペルガー学校を作ることを提起して、なぜ運動しないのだろうか。
 
 2011年6月25日(土曜日)滋賀大学教育学部で開く予定の「発達障害の子どものことを理解しましょう 保護者のための講演会と交流会」で、彼は、

「学校できちんと理解してもらえず悩んでいる子ども、保護者の方もおられます。
 そこで、子どもの困難の本質をどう理解すればよいか、家庭ではどう対応すればよいか?学校にはどのように理解してもらえばいいの?等、保護者の皆さんの学習と交流のつどいです。お気軽にご参加ください。」

と学校の理解を強調するが、LD学校、ADHD学校、アスペルガー学校を作ることを提起していないのである。
 しかも、この交流会は、「保護者、家族、支援に関わる方など」で「一般の方はご遠慮下さい」としている。
 それならなおのこと、窪島氏の本音である「学校づくり」を提起すべきではないだろうか。
 だが、それをしないで、「学校の理解」や交流だけで事を済ませようとしているのである。

もとめられる教育発展の批判 

 先に断っておくが、窪島氏が、今日の学校や教師に対して大学教育の専門分野から意見や批判があれば、大いに批判し、論議をして教育の発展に寄与すべきであると考える。
 教師批判や学校批判をすべきではないと言っているのではない。
 教育研究から出た結果なら大いに主張すべきであり、教師たちの意見や親の苦しみをもっと聞くべきだろ主張すればいい。
 だが、彼は、
教師に対しては発達障害児の困難性を言い、
親に対しては、学校や教師の理解を言う,
などの使い分けをして、必要以上に対立関係をつくり、自分たちこそがそれを解決できる専門性を有しているかのように描き出そうとしているのである。
 だが、本音は、
 普通校では発達障害の教育は出来ない。 
  LD学校、ADHD学校、アスペルガー学校が必要だ。
と告白しているのである。
 これほど、親や教師や教育関係者を愚弄しているのである。
 だから、このブログで延々と彼の書いていることを紹介してきた。

不確かなことは不確かなこととして

 窪島氏や彼と同調している人々は、真剣に悩んでいる人々を愚弄したり、惑わしてはならない。少なくとも、研究者というなら真実にあくまでも忠実で、真摯に真剣に悩んでいる人々に応えるべきだろう。

 解っていることは解っていることとして。
 不確かなことは不確かなこととして。
 解らないことは解らないこととして。

 だが窪島氏らのやっていることは、「生半可な知識」をまるで新しい教育方法かのように「粉飾」しているにすぎないとも言える。だから許されないことである。

LD、ADHD、アスペルガーなどは
すでに知っていたのに


 すでに書いてきたが、 LD、ADHD、アスペルガーなどのことは、文部科学省が明らかにするまでもなく数十年以前からいくつかの国の研究者が主張してきたことであり、窪島氏も、日本の少なくない教師たちもそれらのことを知っていたし研究・検討して教育実践上に生かされて来た部分も少なくない。
 窪島氏が最近、にわかに言い出している読み書き障害などの問題は、江戸時代の文献にも出てくるし、戦前・戦後の教育の中で課題とされてきた。
 
読み書きが困難な子どもたちの教育に
取り組んできた教師たちを無視する背景


読み書きが困難な子どもたちを放置してきた歴史だけではない。
 窪島氏のよく知る障害児学校や聞こえの教室(難聴学級等)・ことばの教室(言語障害児学級等)・情緒障害児学級などなども含めて、日本の教育現場では
子どもたちの状況をよく「看て」、
諸外国の実践例はもとより、
子ども一人ひとりにあわせた教育実践
も多くの規制を排除して行われてきた。

子どもの発達上よくない
 とされたことも知らないで


 その教育実践で、子どもたちの発達上よくない方法として教訓化された「誤り」の方法を学びもせずに、同じことを専門的方法として、歴史的経緯を何も知らない教師や親に風潮しているのである。
 日本の教師は、行政の保障のないまま、世界に誇るべき優れた教育実践も数多く取り組まれてきた。
 ほんの少し前の教師の教育実践記録を調べるだけでも、窪島氏らがさもさも充分理解しているかのように述べる「読み書き障害」の子どもたちへの教育実践は数多く見いだせる。
 問題は、彼がそれを見ないだけである。

すべての子どもに教育を の1970年代

 1970年代は、日本の障害児教育にとって飛躍の時期であった。それまで、教育対象外とされてきた子どもたちも含めた教育がはじまった時代でもあるからである。
 この時窪島氏は、研究者だった。
 彼は、どこを見ていたのであろうか。
 普通学校や学級でも大きな影響を受け、教育内容が見直され、さらに充実していったことを彼は、まったく見ていないし、知ろうとしていなかったことが彼の記述が暴露している。

政府・文部科学省の「ねらい」は明らか
 障害児学校の統廃合が加速したのに


 特別支援教育は、福祉医療と連なって教育の予算削減が主目的に出されてきたことは明白である。
 現に、全国各地域で、特別支援学校の名の下に盲、聾、病弱、肢体不自由、知恵おくれなどの子どもたちの学校が統廃合されて、それぞれの障害の状況など無視した形で特別支援教育が行われていることに対して、窪島氏はほとんどふれない。
 障害児学校の存続が重大問題になっているときに、「LD学校、ADHD学校、アスペルガー学校が今すぐにでも必要」と内心で思いながら、それを出さない。
 逆に、普通校や普通学級の発達障害の子どもたちのための「理解注意事項」は、詳細多岐にわたる。
 「すべての子どもたちに教育を」と取り組んだ人々の声と運動とそこから実現した教育実践を「投げ捨て」ているのである。

すべての障害児を観ないのは

 障害児が一方では、統廃合の波に呑み込まれているときに、平然と文部科学省の方向船に乗っていると観る。
 これは、もうすぐ歴史的に明らかになることであるが、窪島氏の主張には、読み書き障害の子どもたちの気持ちの推定はあっても、その子どもたちと取り組んだ教育実践や彼の「論理」に基づく子どもたちの変化・発達はほとんど述べられていない。
 このことに多くの人々が気づかれただろうか。

子どもの教育実践に
携わっていないことを「告白」


  さらに、読み書き障害児の指導と称する文章の中に、子どもたちに対する指導によって子どもたちが何を獲得できるように取り組んでいるのかという目標がまったく書かれていない。
 これでは、窪島氏らを信じて、頼って、たどり着いた親や子どもたちにだだ期待を持たすだけの非教育的行為と言われても仕方がないだろう。
 文字を知ることで、喜びとなる生き生きとした子どもの姿は、窪島氏の文章には登場していない。
 だが、日本各地で取り組まれている教育の中には、そのことは天空に届くほどあると言っても過言でない。


2011年6月1日水曜日

滋賀大学教育学部窪島務氏へのエピローグ  今日の学校に多くの知恵と力をあわせて考えあってと奈良教育大学教育学部越野和之氏は主張


  この間、滋賀大学教育学部窪島務氏の文章を読み、あまりに も多い問題点を書いてきた。

  特に彼は、戦後の日本の教育、 特に1960年代末から1970年代にかけての
 障害児教育を踏まえた記述を「消去」している。
 この時期は、障害児教育だけでなく、日本の教育は大転換期でもあったと言える。
 窪島氏は障害児教育に取り組み、少なくない論文や文章を発表していた。
 だが、文部科学省が、特別支援教育を言い、発達障害を言い出すと、それらを「封印」してしまっている。
 1960年代末から1970年代に学齢期にいた奈良教育大学教育学部越野和之氏は、戦前、戦後の障害児教育を研究した上で、「発達障害のとらえ方と特別支援教育」のテーマで公開・発表し、今日の学校や教育について論じている。
以下、少し説明し、その一部を紹介させていただく。

忘れてはならない
すべての子どもたちが教育を
受けられなかった時代と
それが変革された時代

 戦後、憲法に書かれた「ひとしく教育を受ける権利」は、多くの障害児には無縁であった。
「学校に行きたい」
「勉強したい」
「みんなといっしょに学びたい」
 この切実なねがいも、血の涙とともに消されていた永い歴史があった。
 それを塗り替えたのは、障害児・者・その家族・教育やその周りの人々の言い尽くせない取り組みだった。
 小さなねがいが無数に集まり、運動となり、大運動となり、国民運動となっていった。そして、圧倒的な国民の要求のもとに政府は、やっと「すべての子どもたちが教育を受けられる」教育を「のむ」ようになった。
 障害児教育の保障や前進ととらえる考えもあるが、憲法に書かれた、ひとしく教育を受ける権利の第一歩が、1970年代にはじまる。
   それは、日本の教育史上画期的な出来事であった。
 障害児を排除した非人間的非人道的な教育が、障害児も包括教育の第一歩であった。

 越野氏は、そのことを充分研究した上で「発達障害のとらえ方と特別支援教育 -到達点と課題-到達点と課題-   季刊「ひろば・京都の教育」第160号2009年)で論じているが、「3 特別支援教育体制の下での発達障害認識の問題点」で次のようなことを論じている。

達成度を競わされる
しくみが何重にも
強められている

 以上のような状況の下で、通常学校における発達障害児への教育のとりくみは少なくない困難に直面していると見られる。
 その最大のものは、前項で述べた教育条件整備の貧困に直接起因する問題、すなわち、子どもが「困っている」ことはわかっても、そのニーズに応えるための体制がつくりきれないという困難であろう。
 こうした困難は、特別支援教育のための条件整備が不備であることに加え、たとえば専任教員の減と任期付雇用教職員の増加など、学校教育全体の教育条件が切り下げられてきていること、学力の向上と規範意識の形成といった課題が上意下達方式で学校に押しつけられ、その達成度を競わされるしくみが強められていることなどによって何重にも強められている。

子どもの事実に
即して実態や課題を
検討する機会が少ない

 そして、こうした状況は、発達障害のある子どもに対する子ども理解にも、看過することのできない問題を惹起しているように思われる。
 その第一は、発達障害やその周辺の困難をもつ子どもたちの課題が「障害」というカテゴリで提起されたこと(そのこと自体は誤りではないが)、特別支援教育や発達障害に関する研修はさかんであるものの、目の前の子どもの事実に即して実態や課題を検討する機会は必ずしも多くないことなどに由来して、そうした子どもたちへの対応は〈専門家〉でないとわからないという態度、子どもの実態の見立てや、時には関わり方の方針までも、〈専門家〉の判断に依存するという傾向がないかどうか、ということである。

生活の場面や発達の時期
によって「障害」の現れ方や
抱える困難の実相は
  変化する

 目の前の子どもの示すさまざまな困難を、子どもの側に立って理解するための一つの仮説として、発達障害という視点は確かに有効である。
 しかし、たとえ障害の診断があったとしても、教科書的に示される「障害特性」のすべてが目の前の子どもにあてはまるとは限らない。
 同一の子どもであってさえ、生活の場面や発達の時期によって、「障害」の現れ方や抱える困難の実相は変化するものである。
 そして、そうした子どもの事実をとらえられるのは、毎日の教育的な働きかけの下で、その時々の子どもの姿をとらえることのできる教師をおいていないはずである。
 しかし、今日の学校現場の多忙化の下で、ていねいに子どもの事実をとらえ、吟味するための条件は奪われがちである。

手っ取り早い
「方針」がまねく重大問題

 そこに「学力と規範意識」といった「課題」が上から与えられると、その「効率的」な実現にむけて手っ取り早い「方針」が欲しくなる。
 しかし、出来合いの「方針」というメガネで子どもを見ることは教育の自殺行為にほかならない。
 目の前の子どもの事実に即してていねいに考えるというスタンスが強まっているのか、弱められているのか、事実に即した吟味が必要であると思われる。

短期間でつくられる体制
 子どもの個別計画

 もう一つの問題点は、右に述べた〈専門家〉のあり方に関わる。
 通常の学校内で特別支援教育の〈専門家〉という立場に立たされているのは特別支援教育コーディネーターである。
 コーディネーターには、特別支援教育の推進役として、他の教員に率先して特別支援教育や発達障害に関わる研修を受け、そこで学んだことに即して校内体制をつくり、校内研修をリードし、校内委員会等での子どもの実態把握や外部の専門家との連携を図ることなどが求められてきた。
 しかしここでも、さまざまな困難を抱える大勢の子どもたちを目の前にして、短期間の間に体制を整えることが求められたこと、個々の子どもについても各種個別計画などを短期間の間に作成することが求められることなどから、限られた知識・方法の範囲で、ともかく「方針」を、という傾向が強められているように思われる。

心理検査の活用が強く推奨され
IQ等の数値が
再び教育現場において流通

 こうした問題の一つとして、ここでは子どもの実態把握のために用いられる各種心理検査の問題について述べよう。
 この間の「発達障害」に関する官製研修等では、子どもの実態把握のためのツールとして、WISC、K-ABCなどの心理検査の活用が強く推奨されてきた。
 そうした中で、かつて子どもの発達の事実を示さない非教育的な指標として批判されたIQ等の数値が再び教育現場において流通するようにもなってきている。
 
子どもの発達が
見えづらくする危険性

そこにはらまれる最大の問題は、子どもの発達の軽視ということである。
 子どもたちは、たとえばWISCの結果によって示される「個人内差」などの特性を持ちながらも、ある発達段階にいて、その段階に固有の様式をもって、外界との関係を取り結ぼうとしている存在である。
 その際の「外界との関係の取り結び方」や、その発展性を左右するものとして、「障害特性」や「個人内差」が機能するのであり、発達段階が推移すれば、「障害特性」や「個人内差」もその意味や姿を変える。
 したがって、その子どもの当面の課題を吟味する上では、発達的な視点が欠かせないのだが、今日流通している子ども把握のための方法論は、それのみを一面的に活用するならば、かえってその子どもの発達の状況を見えづらくする危険性をもはらんでいるように思われるのである。
 もちろん筆者はWISC等の心理検査のもつ意味を否定しようとするものではない。

特定の方式が唯一絶対

 それらの検査によってしか見えてこないものもあるし、検査の結果は、子どもの発達を総合的に吟味するとりくみの中に適切に位置づけられるならば、大きな有効性を発揮する。
 しかし、そうした総合的な吟味のための条件を欠いたところで、特定の方式だけが唯一絶対のものとして用いられるならば、それは本来の役割を果たすことができず、反対物に転化する。
 しかし、「効率的」な実態把握と「方針」の作成を〈専門家〉に強く求める今日の傾向は、〈専門家〉がその専門性を子どもの事実に即して発揮し、発揮する中で専門性自体をさらに発展させる条件を奪っているように思われるのである。

障害児教育から産まれた
理念をすべての学校と教育に

 「発達障害と特別支援教育」を見る際の、いくつかの歴史的な指標をあげた。
 しかし障害児教育全体についてみれば、もう一つの指標に触れる必要がある。
 すなわち、今年2009年は、1969年の養護学校義務制から数えて30周年の節目にあたる。
 養護学校義務制を一つの結節点とする障害児の教育権保障運動において、全国のとりくみを大きく励ました京都府立与謝の海養護学校は、その学校設立の理念の一つとして
「学校に子どもを合わせるのでなく、子どもにあった学校を」
と謳った。
 この視点に立つならば、特別支援教育の課題は、
「子どもにあった学校」の理念を、障害児学校・学級のみならず、通常の学校、通常の学級においても実現していくこ
とにほかならない。

もとめられる多くの知恵と力

 特別支援教育の当面する課題をこのようにとらえつつ、今日の学校と教育をめぐる状況が、どのような到達点と課題を提起しているのか、事実を持ち寄り、多くの知恵と力をあわせて考えあってゆきたいものである。

 越野氏は、教師の責任だけを追求しがちな窪島氏の主張に対して、日本の住む人々へ教育の新しい方向を創造するメッセージとも受けとめられる。

おねがい 教育と労働安全衛生と福祉の事実は、このブログの不具合から以下のブログでも展開しておいます。
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2011年5月31日火曜日

ミスするのが人間、と労働安全衛生研究の巨匠の指摘


労働安全衛生を考える上で、次のことはもつとも基本であり、最も大事なことである。
 しかし、日本の学校教育や労働現場・労働安全衛生教育はもちろん、日本のすべてで「ミスするのが人間」ということが否定され、真逆のことが徹底されているように思える。

 不注意で起きるのか ケガや災害など

 ケガや災害が起こったとき、会社側は「労働者が不注意だったから起こったのだ、もっとき気をつけてほしい」とよく言う。
 たしかに自分の手足を同時に動かしたのだから不注意な動作と言えるだろう。 しかし、よく調べてみると、仕事が忙しく、製品の納期や生産計画の期限に迫られて無理をしていたことに思い当たることが多い。
 そのうえ、労働者が非常に疲れていたり、何らかの原因でいらいらしていた場合もある。

あやまち・ミス・エラーを起こすから人間

 人間は、あやまち(ミス・エラー)を絶対起こさないどころか、むしろ起こしやすい動物である。
 みなさんも、試験問題で簡単な計算間違いをしたことがあるだろう。
 あわてたり、あげっているときは誰でもよくあることだ。
 工作をして誤って指にケガしたり、キャッチボールをしてつき指をしたことがあるだろう。
 大人も同じだ。
充分な安全対策が行われているか
 だだそれを「単純ミス」「人為ミス」として、会社が労働者のせいにしていたら、いつまでも同じような災害が起きるだろう。
 たとえ労働者が不注意をしていても、ケガや病気が起こらない充分な安全対策を行うことが大切である。
( 細川汀編著健康で安全に働くための基礎 ディーセント・ワークの実現のために )

高校生はなぜ関心を持ったのか

 この本を教科書として10年以上授業をしたある県の高校教師の「労働安全衛生教育実践報告書」を読むと、この

「人間は、あやまち(ミス・エラー)を絶対起こさないどころか、むしろ起こしやすい動物である。」

の項が一番生徒の関心が高く、かつ最も教えにくい項であったと書かれている。
  細川汀編著「健康で安全に働くための基礎」(改訂前 「健康で安全に働く」)を教科書にして、授業を行ったある県の夜間定時制の高校教師の「労働安全衛生教育実践報告書」を読むと次のようなことが書かれている。

公立学校の教師は
  労働安全衛生が教えにくい

 1年間を通して労働安全衛生を教えることは、非常に困難でした。

 その第一は、私自身が、地方公務員法の制約の下で労働協約はもちろん労働者の基本権が多くの部分で制約されていて、労働基準法などに定められた権利を具体的に行使した経験を持ち合わせていないと問題でした。
 働いている、働いていない生徒のクラスでの授業で、働いている生徒は、80%でしたが、仕事もバラバラでバイトばかり。
 バイトの掛け持ちや未成年なのに深夜労働をしている。
 そのような生徒には、抽象的な言葉の説明では、通用しません。
 そのため、まずあらゆる労働安全衛生関係の本や労災事故の報告や専門家に出会い話を聞く、
 理解できたら他人事ではなく自分のこととして
 職場である学校の労働安全衛生環境の改善に取り組みました。

 第二には、絶えず移り変わる労働安全衛生の国際・国内状況を把握することでした。(略)

一番の驚き感心したのは
あやまち・ミス・エラーを起こすから人間

 労働災害・職業病・母性保護・労災補償・人間の身体の仕組みなど労働安全衛生に関わる事項をすべて教えた最後の授業の3コマでは、約15万字を超えた補助教材と共に各項目について生徒からのアンケートと意見集約をとり、もう一度、集約結果を生徒に返して、次年度の生徒にどのようなことをどのように教えたらいいかを書かしたり、聴とりました。
 ところが、毎年一番生徒が必要であり、驚き考えさせられたし、感動して、次年度にもっと詳しく教えて欲しい、と書く項目は、
「あやまち・ミス・エラーを起こすから人間」
「たとえ労働者が不注意をしていても、ケガや病気が起こらない充分な安全対策を行うことが大切である。」

でした。
 ところが、このことを教えるのは最も困難で、難しいことでした。
 なぜなら、具体的事例があまりにも少なすぎるからです。

レジの仕事を座ってするなんて

 例えば、EUの多くの国では、スパーのレジ担当は座っている、と説明すると
「そんなんありえへん。」
「考えられんわ。」
「仕事にならん。」
とレジのバイトをしている生徒たちから、次々と教師がウソを言っている、と真顔で抗議されました。
 そこで、生徒に手紙を書いてもらい、ヨーロッパのある国に留学している労働安全衛生研究者に送り、返事をもらいました。
 返事の手紙には、「座ってレジの仕事をする写真」も添付されていました。
 早速それを見せると生徒は喜んだものの
「ウソやー」
「信じられない」
と言い続けるばかりでした。

 そこで、フランスの大型スパーが日本に進出していたので、そこのレジ風景を写真に撮らせてもらおうと大型スパーに行きました。
 でも、レジの仕事をする人はフランス流ではなく、日本風の立ち作業でした。

なさすぎる
「不注意であっても安全な具体例」

 「たとえ労働者が不注意をしていても、ケガや病気が起こらない充分な安全対策」の具体例を探しましたが、日本ではそれはあまりにも少なく、学校は最も悪い見本でした。
 よく調べたら学校の施設・設備に安全対策が行われていないためケガや災害に遭った生徒や教職員が無数にいました。

 「注意しないからだ」
 「ミスは、生徒が悪い」
 「ミスした教師が悪い」。
 「注意すればすべて問題が起こらない。」
 「安全対策、そんなのは不要だ。」
 「安全にお金を使っても、何もおこらなかったら無駄で、無意味ではないか」

などなどの考えは、学校教育の中で徹底的に浸透していました。

注意すればすべて万能
ミスは生徒教師の責任
ですすめられる学校教育に抗して

 そのため授業は、それらをひとつ、ひとつ、それを解きほぐして行くようなものでした。
 そうしていると、
「そんなんありえへん。」
「考えられんわ。」
「仕事にならん。」
とレジのバイトをしている生徒たちから、
腰痛やむくみ、肩こり、腕のしびれなどの訴え
が、続出してきました。

 日本の教育では、安全で健康に生きることをすべての分野で自己責任として貫徹されていることが、ある県の教師の「教育実践報告書」から読みとれた。

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労働安全衛生研究者がみたチューリッヒの小学校



 次の文章は、1999年2月1日 に医科大学の労働安全衛生研究者が、チューリッヒ工科大学留学したときに「教職員のための いのちと健康と労働」紙に掲載された文章である。「安心する空間」と通じるものがあると思われる。



19人のクラスで
 考えさせるゆとりの授業


  チューリッヒ州主催の外国人女性のための教養講座「フラウ・イン・チューリッヒ」では、これまでに、スイスの環境問題や教育システムについて、日本語でわかりやすく教えてもらいました。
 ほんの一部ですがご紹介し、話題提供といたします。
<公立小学校の見学>学校名;Letten小学校(チューリッヒ駅からバスで約15分)学年;3年生 部屋;1階の19号室見学者;日本人女性4名
 1999年1月15日、「フラウ・イン・チューリッヒ」の特別プログラムとして、公立小学校を見学する機会を得ました。以下、見たまま、感じたままを書き連ねてみます。

校門もない学校で握手 

 まず、訪問した学校には、「○○小学校」という表示もなければ、重々しい鉄扉の校門もありませんでした。
 1m足らずの石壁と、同じ高さの小さい扉で、かろうじて校内外の区別ができる感じでした。
 教室の入り口では、クラスの児童が、次々に「Guten Morgen!(おはようございます)」と言いながら握手をして私たちを出迎えてくれました。
 私たちがゲストだからという訳ではなさそうで、児童達は教師とも握手をし、教師は握手しながら一人一人に声をかけていました。
 ヨーロッパでは、握手をして挨拶するのはごく一般的なことですが、担任とも毎日こうして握手をするのだなあと、妙なところで感心してしまいました。
 
コの字型
にならべられた椅子と
   机が20組の教室

 
 机は、コの字型に並べられており、教室内には、いたるところに、児童が作成した作品や各種行事の写真などが飾られてありました。
 教室の一番後ろに(一番前ではなく)教員用の机と椅子が置いてあり、特に椅子は、バックレストの大きい、いい椅子が使われていました。
 私たちが見学した日は、たまたま教育実習生の実習日だったので、実習生の授業風景を見学する事になりました。

19人のクラスが
2グループに分かれて学習

 
 一クラスの児童は19人。
 特に、国語や算数といった「教えるのに手がかかる」授業は、2グループに分けて授業を行うとのことで、この日私たちが見学したグループは9人。
 
 1時間目は国語(ドイツ語)、2時間目は算数でした。
 1グループが国語と算数を学んでいる間、もう1つのグループは別の授業を受け、3時間目と4時間目は、グループを入れ替えて、1,2時間目と同じ内容の授業が行われます。
 45分授業で、休憩は10分、2時限目と3時限目の間だけ15分休憩。
 昼休みは1時間50分あり、児童は自宅に帰って昼食をとり、再び登校します。
 給食はありません(すべての公立学校で)。

自分で考えさせ
 答えを引き出す授業


 1時間目の国語では、3枚の動物の絵カード(牛、馬、雄鶏)とそれに対応する色々な国の言葉(ドイツ語以外に、英語、フランス語、イタリア語、アラビア語、ロシア語、日本語などなど)が書かれたカードを床に並べて、外国語を比較するというものでした。
 9名の児童のうち、半数以上が外国人ということで、イタリア人やフランス人の児童は、それぞれの母国語の言葉について得意そうに答えていました。
 授業の後半は、2~3人のグループごとに、絵カードと言葉のカードをはさみで切って机の上に並べ、グループ学習をしていました。
 私たちの近くにいたグループは一生懸命「うま、うし、おんどり!」と覚えてくれていて、私たちが思わずにっこりすると、とても嬉しそうな笑顔で応えてくれました。
 「国語」の授業として「外国語の単語と比較する」というような授業内容は、外国人の児童が多いからかもしれませんが、珍しく感じました。
 1、2時間目の授業ともに共通して言えることですが、児童に自分で考えさせ答えを引き出そうとする授業の進め方がなされていました。   

授業内容はマンツーマン

 2時間目の算数は、時計のアナログの読み方と、デジタルの読み方の変換について。
 ドイツ語のアナログ時計の読み方は、デジタル表示の場合とかなり異なっており、私も先日ETHのドイツ語講座で学習したばかりで、慣れないと難しいです(同時に小学校3年レベルの内容だったのかと認識・・・)。
 最初の15分間、前日の授業で特に覚えられなかった3人に対して、教員がつきっきりで教え、その間、他の児童は自習でした。
 自習内容は、3桁の足し算、引き算。
 教材を見ると、単純な計算ドリルではなく、パズル形式になっていたり、回答に相当する点を線でつないでいくと恐竜の絵になったりと、楽しみながら自習できるような内容でした。
 自習が終わり全員で時計の読み方を練習。
 教師は全員に目配りし、全授業時間を通してほぼマンツーマンに近い形で授業が進められていました。

これがあったら
 ホッとするもの

 
 教室の一番前に、低いテーブルが置かれてあり、その上には、缶ジュースの空缶、お人形、おもちゃなどが並べられ、休み時間になると、その場所で遊んだり、中にはパンを食べている児童もいることに、私たちは驚きました。
「なぜこうしたものが教室においてあるのですか?」
と私たちが質問すると、
担任は、
「先日、抽象的概念を理解する授業の中で『心が休まる』『ほっとする』ということを勉強した時に、『これがあったらほっとするもの』を各自持参させ、教室に一週間だけ置く事にしました」
 と説明されました。
 窓際に置いてあった子供用のパソコン2台は、「『パソコンが大好きで、これがあるとほっとする』という児童が持ってきた物ですよ」とのことでした。

横のつながりの
 人間関係はストレス

 
 また、スイスでは、小学校1年から3年まで、4年から6年まで、それぞれ一人の担任が同じクラスの児童を担任します。
 1年時からの児童の絵や、教室行事の写真などがファイルされ、また個人別のファイルも作成されており、各児童の成長がそれらのファイルから伺うことができました。
 2時間目終了後、担任に
「教員という仕事は、スイスでも忙しくてストレスフルですか?日本では過労死も起きていますが信じられますか?」
というような内容の質問をしてみました。
 「信じられるかどうか」という質問に対しての回答はありませんでしたが、
「確かにストレスフルできつい仕事です。以前は、自分がやりたいように授業ができたのですが、最近は、責任者を軸に系統的な授業をするようになってきて、横のつながりを密にとることが必要になりました。そのような人間関係が、ストレスの一因になっています」
とのことでした。
 今日、見学した限りでは、日本の教員よりずっと自由裁量を持って仕事をされているように見えましたが・・・。彼女が言われた「ストレスフル」の質が、日本の場合と若干異なるような気がします。

なぜ
日本では
こうした小人数の授業が
なされないのだろう


 最後にお断りしますが、私は、スイスと日本の教育について、どちらがいいとか悪いとかを評価するつもりはまったくありません。
 ただ、 なぜ、日本ではこうした小人数の授業がなされないのだろう。
 どうして授業内容にここまで差があるのだろう?
  単なる人口の違い?
 文化の違い?
 それだけでは説明できないのではないか…
というのが、今回の学校見学で一番強く感じた事です。
 なお、スイスの教育システムについて(小学校から成人まで)、「フラウ・イン・チューリッヒ」の中で詳しく教えてもらいましたが、紙面の都合上、帰国してから機会があればご報告したいと思います。

  ドイツ留学の豊富な窪島氏の主張と大きな隔たりのあるスイスのドイツ語圏の小学校の教育。高校生と「読み」。窪島氏の主張や近年行われていることは、教育なのだろうか。
 彼が、1970年代から否定してきた心理主義と教育の混同を自ら体現しているのではないか。

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