2011年6月30日木曜日
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項(1997年から2006年までの約10年間)
山城貞治(みなさんへの通信22)
「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料」の実現した事項
(1997年から2006年までの約10年間)
労働安全衛生体制や事業者などの問題は、追々掲載するが、労働安全衛生委員会が作られて、「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料 1997年8月」が約10年間で、どのように実現したのかを明らかにして行きたい。
とくに、「教職員の労働安全衛生問題の政策とその実現のために 第1次討議資料 1997年8月」の「 労働安全衛生対策について 」(以下、政策「 労働安全衛生対策について」で表記)の項目についてふれて行きたい。
政策「労働安全衛生対策について」はどれだけ実現したのか(その1)
(1)安全衛生委員会で、毎年定期的に教職員が一番忙しい時期に疲労やストレスを含めた教職員の健康調査を行い、その結果を公表させる(個人のプライバシーなどは除く)とともに教職員のいのちと健康を守るための総合対策を明らかにさせる。
この項目は、全教などが教職員の健康実態調査を行ったときに、学校がある意味で一番安定する「11月」という時期であったためが問題の出発点であった。
教職員の健康状況の全容を調べようとしたが
「このような調査今の忙しいときにするなんて!」と言われる教職員が一番忙しい時期(例えば学期はじめや終了時、学校行事の立て込んでいる時期など)とそうでない時期との比較との比較において、教職員の労働負担を調べることで、教職員の労働実態の全容を調べようとしたが、府高の予算上の問題で了解が得られなかった。
教職員組合独自の調査の意味があると考えられたが、府高は府教委にその調査を要求し、その後、全教は文部科学省が教職員の労働時間など健康実態調査をしたと一定の評価をしている。
しかし、この文部科学省が教職員の労働時間など健康実態調査は、もともと非常に「怪しげなもの」であった。
「受験産業」に委託をした文部科学省の労働時間・健康調査
通常、文部科学省の調査は、各都道府県を通じて降ろされてくるものであるが、調査票を見て教職員の間で驚きの声が上がった。
調査をするのは、文部科学省ではなく、「ベネッセ」だったからである。
この「ベネッセ」は、進学などの情報・指導企業で、高校の進路にはなじみのある企業だった。
「ベネッセ」が教職員の労働時間と健康を調査するとことは、その実態を把握して企業の「利益」「事業」の拡大を狙うものではないかと多くの教職員から不信感が出て協力しない教職員や学校が出てきた。
断固協力できないとする教職員の気持ちは いまだ届いていない
全教などは、文部科学省が「ベネッセ」に委託したもので情報の保持は守られていると言っていると説明し、教職員の協力を求めてきたが。
しかし、断固として拒否する教職員も多く出た。
その後、「文部科学省の教職員の労働時間や健康についての調査結果によれば」などの引用がさかんに行われた。
しかし、教職員の労働時間や健康についての調査結果などの分析を行ったのは、受験産業ともいえる「ベネッセ」であることは知られていない。
教職員組合のよる健康調査、受験産業による調査。行政の調査。同じ調査にはならないと府高労働安全衛生対策委員会では考えていた。
客観的・公正にすすんでいた京都市立校の健康調査
なお、京都市教組の養護教員部の奮闘で、京都市内の管理職を含む全教職員を対象とした「健康調査」が医大・教育大の労働衛生専門の教授、准教授を中心にそれぞれ二度行われた。
退職後すぐ死亡する教職員が多い
(2)退職教職員の健康追跡調査を行わせる。
教職員の現職死亡が多くなり、その傾向は次第に若年層にまで広がりを見せたとき、病気や身体が持たないとして早期退職している教職員が多い。
しかも、退職して1年以内に死亡する教職員が多い、という府高労働安全衛生対策委員会での会議の意見を受けて府教委に「退職教職員の健康追跡調査を行わせる。」ことにして、「定年前で働ける教職員の問題」を府教委に明らかにさせ、その対策と退職前の健康管理責任を問うつもりであった。
どんなことをしても調査すべきだった
しかし、府教委は退職した教職員の調査をおねがいできる立場ではないと言い逃れをした。
現在になって、当時分かる範囲で組合で調査すべきであったと反省をしている。
2019年どの退職者でも退職1年以内で死亡する教職員が複数把握されている。
教職員の健康診断等については、さまざまな問題が噴出した。